「話くらいなら聞いてやれるからさ、つらいことがあったらいつでもここに来てくれ」

 それを聞いた瞬間、思考が停止した。これまでかけられたこともない類の言葉に、脳がついていけなかったのだ。

『――千歳ってどうして何も言い返さないの?』
『――もしかしていじめられるのが好きだったりしちゃう?』

 耳に残った彼女たちからの悪意が、私が彼の言葉を理解することを遅らせていた。

『つらいことがあったらいつでもここに来てくれ』

 しかし、彼が私を心配してくれているのだと理解した瞬間、何故だか自分でもわからないほど大きな涙が粒となって床にこぼれ落ちた。

 ひと粒、ふた粒。まるで降り始めた雨のように、頬を伝って雫がぽつぽつと床を濡らす。

「えっ、俺なにかまずいこと言ったか……!?」

 涙を流す私を見て焦ったのか、誠くんはスマホも弁当箱も放りだして階段を駆け下りてきた。あたふたと慌てる姿からは悪意など微塵も感じられなくて、本当に私を慮って言ってくれたのだと身に染みた。

 初めてのことだった。

 この地獄のような世界で、誰も助けてくれない世界で、初めて手を差し伸ばされた。

 誰か助けて、誰か私に気付いて。心の中で叫んでいた私の声を彼だけが聞いてくれたような気がして、それを自覚した途端、どうして自分が涙を流しているのかがわかった。

 私は嬉しかったんだ。
 いつでもここに来ていい。
 たったそれだけのことなのに、言葉では言い表せない安心感があった。