「えっと、どうした……?」

 肩で息をして、しかも涙目だった私を訝しんだのか、彼の表情にはやや困惑の色が見られる。

「……何でもない」
「そ、そうか」

 どう見ても何でもなくないのに、我ながら面倒な返しをしたと思う。
 本当は「心配しないで、気を遣わせてごめんね」とか、そういうことを言いたかったのに、口から出てくる言葉は自分でも驚くくらい淡々としていた。

 人付き合いを避けてきた私には、咄嗟に返せる気の利いた言葉の持ち合わせなどこれっぽっちもなかった。

 いじめられている、助けて。素直にそう吐けば何かが変わるかもしれないと思いながらも、落ち着かなさそうな彼の顔を見て口を噤む。

「私……もう戻るから。邪魔してごめんね」
 
 どこか別の場所に行こう。
 人のことを気遣う余裕などないというのに、私はその場から立ち去ろうとした。

「あ、あのさ」

 しかし、踵を返した私の背に彼の声がかかる。いまいち勢いのない、何かを躊躇いながら発せられたような声。

「……なに?」
「なんというか、その、あれだ」

 彼は口下手なのか、慎重に言葉を選んでいることがわかって、つい振り向いてその顔を見上げた。同時に、私くらいなら簡単にひねりつぶせそうな体格の彼から一体どんな言葉が飛び出してくるのかと身構えてもいた。