今朝は涙目で俺を見てきたり、かと思えば溌剌だったり。そして今度は神妙な面持ちときた。情緒不安定なのではと心配になってくる。

 何より、質問の意図が掴めない。部活を聞いて一体どうするというのだろうか。
 だがまあ、このくらいなら別に答えてもいいか。

「……軟式テニスの予定だけど」

 テニスは俺が幼い頃から親しんできたスポーツ。当然、高校でも入部する意思は変わらない。
 そして、テニスこそが俺が人付き合いを避ける理由の全て。

『――いつか、県大会で優勝してみせる』

 ふいに、頭の中で過去の自分が発した台詞が反響した。
 今からちょうど一年前の今日、母さんが亡くなった。
 これはまだ声変わりする前の自分が、今は亡き母に向かって誓った約束の言葉だ。

 失意にくれていた俺が、母への手向けとしてできることはないかと思案を重ねた末に導き出されたたったひとつの目標。
 
 しかし今の俺では約束の優勝に手が届くかはわからない。
 だから俺はテニス以外の全てを捨てることにした。友達と仲良くお喋りする時間があるのなら、その時間をテニスに費やしたい、それが本音だ。
 間違ってもこんなところで女の子に現を抜かしている暇などないのだ。
 冬木の望み通り質問に答えた俺は、今度こそ足を止めずに教室を出た。