もちろん俺が全力で打てば圧倒的なスコア差がつくのは間違いない。だが少なくとも冬木の動きは全くの初心者という訳ではなさそうだった。軽い練習相手として見るなら充分と言えるレベルだ。

「まあね!」

 その後も幾度となく打ち合いを続ける。
 時折わざと強めに返球すると冬木は「うぎゃあ」と悲鳴を上げながら盛大に空振りを見せてくれた。悔しそうに飛び跳ねる姿は仮にも高校生とは思えない幼さだ。

 しかし、純粋にテニスを楽しんでいるその姿は実力の高低にかかわらず、俺の目にはいささか眩しく見えた。

 俺にも、あんな風にただテニスを楽しんでいるだけの時期があった。
 冬木からの球を打ち返すたびに、今の自分の情けなさを痛感する。

 母親との約束を果たすため。県大会で優勝をするため。それだけのためにラケットを振るう自分がたまらなく窮屈な世界にいるように思えてならなかった。