「あれっ、十文字(じゅうもんじ)くんは?」
飲料メーカー『エクラ』の営業部二課に勤める私・篠崎(しのざき)あやめは、始業時間が迫っていることに気づいて思わず漏らした。
すると、向かいの席の友人・岸田(きしだ)真由子(まゆこ)が「またギリギリ?」とあきれ顔をしている。
真由子が『また』と言うのも無理はない。
二十五歳の私よりふたつ年下の後輩・十文字志季(しき)くんは、遅刻すれすれの常習犯だからだ。
なんでも、もともと生活リズムが完全な夜型で、朝は苦手だとか。
でも、「社会人なんだからしっかりしなさい!」と先日お説教したばかりなのに。
「ヤバい。私が課長に叱られる……」
私は十文字くんの教育係なのだ。
そのため彼がなにかをしでかすと、連帯責任、いや指導不足だと苦言が待っている。
「ご愁傷様」
真由子は完全に他人事で、鼻で笑っていた。
「あと三分……」
私はとりあえずスマホをカバンから取り出して、十文字くんの電話番号を表示しボタンを操作した。
しかし、発信音が続くだけで留守番電話にも切りかわらない。