衣服屋に来ても人はいなかった。
 客も、店員も、誰一人として。
 店に入る前は閉まっているものかと思ったが、窓から映る店内は明るく、入り口に近づくと当たり前の様に両開きの自動ドアは開いた。
 一応営業はしているのだろう、そう思い子供服が寄せ集められたコーナーへと向かう。
 そこでサイズが合いそうな黒いシャツにジーパン、下着類などを適当に籠に詰めレジに行くもやはり店員は出てこなかった。
 どんなに待っても来る気配もない。
 周囲を見渡すも僕以外の客は見当たらなかった。
 そこで考えていた仮説に真実味が帯びていく。
 やはり、人が消えたのだ。
 今この世界には僕一人しかいない。
 県道に出た辺りから、いや、自室で目覚めた時から全てがおかしかった。
 似た目は小学生に戻り、外に出れば誰一人として他の人とすれ違うこともなかった。
 幸い街のライフラインだけが生き残っているらしく、現に今真上の照明は明るく点灯し、スピーカーからはお洒落な洋楽が店全体に響き渡っている。
 何故こうなってしまったのかはもちろん分からない。
 情報が無い今知る由もないし考えるだけ無駄だ。
 どうしようもないが、この状況を受け入れざるを得ないと思った。
 抵抗しようにもその矛先をどこに向ければいいのか分からないのだから。
 これら全てに落としどころをつけようというなら、この状況全てが僕の見ている妄想か、夢の類だということだ。
 いや、実際の所そうなのだろう。
 でないと説明がつかない点があまりにも多すぎる。
 まるで現実の様にリアルで見分けがつかないが、案外夢を見ているときはこんな感じなのかもしれない。
 夢から覚めた時、実際その夢で自分が何をしていたのか、何を思ったのかを鮮明に思い出すことはできないのだから。
 人は見た夢の九十パーセントを五分以内に忘れると誰かがテレビで言っていた言葉をふと思い出す。
「そうか、夢か」
 そう思うと今この異常な状況下が楽観的なものへと認識が変わっていった。
 結局はただの夢なのだ。
 少々SF染みた類の、頭の中で広がる妄想の一つに過ぎない。
 体が小さくなった点は不便極まりないが、僕の毛嫌いする他人はいない、街のライフラインは使い放題、今のお店に並ぶ商品を堂々と盗んでも誰にも咎められない。
 まさにやりたい放題、一種の楽園の様に思えた。
 こうなった以上、ここからは欲望のあるがまま好き放題やらせてもらおう。
 僕は籠に入った服のタグをレジに置かれたハサミで切り落としていき、その場でスウェットを脱ぎ捨て新しい服に着替えた。
 大きさは適当に選んだ割にピッタリで、束縛から解放されたように手足が自由に軽々と動かせるようになった。
 残りの服が入った籠を持ち僕はお店を後にした。
 脱いだスウェットはお店に捨ててきた。
 どんなに罪を重ねようとも目覚めた時には無かったことになる。
 だから気に病む必要性は全くなかった。
 どうせこの瞬間も、夢の一幕に過ぎないのだから。