「波多野くん、悪いんだけど課題ノート運ぶの頼まれてくれない?」
そう、片目を閉じて前のめりに合掌する押井さんの「今から委員会があってさ」という言葉は疑う余地もなかったのに、柱の陰から様子を伺う男子生徒が目に映った途端、一気に信憑性を失った。
ともあれ彼女がうちのクラスの学級委員長であることは事実で、彼女に放課後を共にする彼氏がいて、帰宅部の俺に彼女がいないのも紛れもない事実だった。何よりここでむげに断る度胸もない。だから二つ返事で「いいよ」って返して、じゃあお願いって指を指された教卓の上、びっしり並べられたクラス40人分の課題ノートを前に立ち眩みを起こしかけた。
「…なんで俺が」
八方美人の自覚はない。ただ、主体性がない。
だから“首を横には振らなそう”を理由にひとに頼まれたこともその場凌ぎに笑って安請け合いしてしまい、その道中に後悔する。
別棟の理科準備室へと向かう階段一段一段が重責となり足腰にのしかかり、往復十分の道のりを三往復で成し遂げて。
「っはー。やっとこれで帰れ」
るわと。
扉を開けた瞬間、眼前に彼女は現れた。
「2年C組24番波多野文太さんで相違ありませんね」
失礼な話だけど、人気のない別棟でそれも教室が角部屋だっただけに幽霊か何かかと本気で縮み上がった。かろうじて相手の足があることと、自分の名前にだけは反応して応えた。「ぅ、ぁ、そ、すけど」とか確かそんなこと。
「これ」
「え?」
「これ」
ずい、と何かを突き出されて、腹の辺りに当たる。
優に20㎝はありそうな身長差からじゃ俯いた彼女のつむじしか見えなくて、また動揺していたのもあり反射的に「それ」を受け取った。
それが間違いだったんだ。
「どうかこのことは内密に」