濱高。あれ濱高の学生だ。
うちの高校と同じ学区に位置する工業高校で、学生の素行の悪さはこの辺りでも断トツかつ何か事件が起こればいの一番に挙げられる問題児量産型の学校、とは前に内田から聞いた話だ。確かに普通同じ学区にあれば他校とある程度の面識が持てても不思議じゃないのに、濱高とはそういう繋がりが一切ない。
俺だって以前、落としたスマホを拾ったら何故か無駄に吠えられた。それから関わんなよ、と忠告されてからしばらく、生徒を見かけることもなかったのに。
その濱高生数人が、よく見れば誰かを取り囲んでいるのが見えて目を凝らす。———あれって、
「波多野」
「っ!」
いきなり呼び掛けられて飛び上がる。ばくばくばく、と心臓を鳴らしながら振り向くと、見慣れた整った顔が爽やかに微笑んだ。
「は、逸人先輩」
「何やってんだよこんなとこで。お前また一人か?」
寂しいやつめ、と肩を叩かれて苦笑いする。いや、今ので寿命三日、いや三年は縮んだぞ。軽く笑いつつ、それでもはくはくと口を動かして言葉にならない理由は。
「せ、先輩やばいです」
「ん?」
「あれ、! あそこにいるの、サッカー部の部員ですよね!?」
土手の下。濱高の生徒に殴られ、蹴られ、制服を剥ぎ取られ。挙げ句の果てに下着一枚にされて笑われながら殴られ続けているのは、昨日ファミレスで先輩に「逸人の奢りでな、」と茶化していたチームメイトだった。
昨日の典型的なアオハルオーラも見る影なく、適度に整えられていた茶髪も今では無茶苦茶に乱され、泣きながら顔を振り乱している。だめだ。
「逸人先輩助けないと!」
「うんいいよ別に」
「…っ、え?」
今。先輩、なんて言った?
振り向き呆然とする俺に、逸人先輩は橋の下を覗くように見下ろして軽く腕を引っ掛ける。
そして優雅に頬杖をついた横顔は、愉しそうに破顔した。
「あいつさあ、透花に手ぇ出そうとしたんだよ」
「…、」
「あ、透花って俺の彼女ね。波多野はよく知ってると思うけど」
そう橋の下を覗きながら言われて、言葉が喉につっかえる。頭では思い浮かぶのに、上手く口から出てこない。縮み上がる。心臓が、もの凄い速度で拍動する。
先輩は笑っている。
「…酷い話だよなー。友だちだって信じてたのに…裏切られた気分だよ、チームメイトが密告してこなきゃ今頃俺の知らないとこで彼女触られてたかって思うと。怖いよな? あいつかっこいいからさ」