「だ…大丈夫ですか」
「大丈夫」
告白してくれた子にあらぬ醜態を晒してしまった。
あまりの恥ずかしさに光の速さで起き上がり何事もなかったようにベンチを起こしてもう一度腰掛ける。それでも胸は鼠ばりの速度で拍動していて、なんだかちょっと目眩がした。これだからヘタレは。いや誰がヘタレだ、とか自問自答を繰り返していたら「隣いいですか」のか細い声が届いて、かろうじて一度だけ頷いた。
「…あの、これ」
そしてす、と隣から遠慮がちに伸びてきた手がそっと何かを差し出してきた。視線だけを動かす。
「…え?」
「眼精疲労に効く目薬です」
「いや俺眼精疲労に悩まされてたわけじゃないんだ」
「見ないでください!」
「えっ、ごめん!?」
視線をあわせかけたらぱっと顔を背けて両手で顔をガードされた。ああそっか、確か王妃とか皇室の女性って位が高すぎて庶民が簡単にお目にかかれるもんじゃないもんな。え、それ令和の今も続いてんの?
訳が分からずに顔を前に向けたまま視線だけをちらと向けたら、やっぱりそこにいるのは遠巻きに見た美少女・藍沢透花さん本人で。
隠した両手の隙間から、紅潮した顔で恥ずかしそうに瞳を揺らしている彼女の姿が見えてしまった。
「…」
「…」
姿勢を正して正面を見る俺と、そのベンチの隅っこで申し訳程度に腰掛けて顔を背けている彼女。はたから見ても訳のわからない図だ。どこからともなくちゅんちゅん、と雀の鳴き声がして、紋白蝶が視界の右から左へと飛んでいく。
そこで縫い付けたように開かなかった口がようやく自由を取り戻した。
「ま、まずいと思う」
「なにがです」
「…こんなとこ誰かに見られたら俺は死ぬ(社会的に)」
「安心してください、今のあなたは私の日向ぼっこに居合わせたテントウムシさんという設定です」
「誰が昆虫だ」
「見ないでくださいっ」
「あ、ごめん」
ぱ、と意味もわからずまた顔を背ける。
今は昼休み。
天気は良く、気候も和だ。グラウンドの方では生徒たちの声がして、その乱暴な声のギャップと、ここで流れるなんだか平和でおかしな雰囲気に、思わずぶはっと噴き出してしまった。