「はーい、ストップ。奏太に質問なんだけど、お前の言う持つ者である僕は、どうして何も無いお前と一緒にいるんだと思う?」


2年の春。武とは1年の時から同じクラスだったけれど、2人で過ごすようになったのは2年生からだった。

僕は部活動をしていないから放課後はすぐに塾に向かっていた。
しかしその日は、塾に着いた後に学校に忘れ物をしたことに気付いて取りに戻った。
廊下からは、教室に武と武の部活の友達がいるのが見えた。
相手は僕に気付いていない様子だった。
運動部の男子は普段から、内輪話でもクラス中に聞こえるほど声が大きいから、その時も例外なく廊下まで声が響いていた。

「なんで武、あんな地味な陰キャと一緒にいるの?」

僕のことだ。
心臓がゾワリとして、手先の温度が失われる。
見つかってはいけない気がして呼吸さえも止める。

「一緒にいるってか、勝手に懐かれてんだろ。ったく、武がはっきり言わないからつきまとわれるんだよ」

つきまとってる?僕が?
僕はいつも自席で本を読むか勉強をしていて、あの頃話しかけるのはいつも武だった。
でもそんな事実に周囲は興味も関心も無い。
僕みたいな地味で冴えない人間が、武みたいな人気者と一緒にいることが気にくわないのだ。
武のチームメイトはヘラヘラ笑っている。みんな同じ顔だ。

ガシャーン

机が倒れる音がした。

「うるせえよ。次あいつのこと言ったら、今度はこの机お前らに向かって投げるから」

教室内の空気が凍ったのが分かった。
僕はただただ不思議だった。どうして武がこんなに怒っているのだろう。
僕は彼らの空気を悪くするほど価値のある存在だろうか。

「はい、この話終わりー。部活行こうぜ」

武はいつもの調子に戻って、みんなの空気を変える。
その言葉に氷は溶かされて、またいつも通りふざけながら体育館へ行く。

僕はそんな武達を見ながら、少しの間立ち尽くしていた。


なんで武が僕と一緒にいるのかなんて。

「わからないよ」

僕が他人より優れているところなんて何も無い。
僕じゃなきゃいけない理由は何も無い。
暇つぶし?優越感?
自分で考えて悲しくなった。

ふと武を見ると、武も悲しそうな顔をしていた。

「奏太は他人の良いところを見つけるのは上手なのに、自分の良いところを見つけるのは下手くそなんだね」

武は微笑んで僕を見る。
いつもの軽薄な笑みじゃなくて、優しい笑顔だ。

「奏太は誰かに笑われても、誰かを笑わない」

武の友達に笑われたことを思い出した。

「奏太は誰かに傷つけられても、誰かを傷つけない」

昨日莉子に感情のまま傷つけられたことを思い出す。

「奏太はそれだけじゃなくて、全てのエネルギーを、他人から発散された感情も含めて自分の責任にしようとするんだ」

感情はひとりひとりの体内から生まれるものだ。
どんな感情も感情であるうちは正負は無く、善悪も無い自由なものだ。

だけど、それが体内から体外に、
言葉や表情、仕草や目線を媒介して放出された瞬間に
なんらかのエネルギーを持つ。

外界に放出されたエネルギーには責任が生まれる。

自分の中に留めておくのには問われない責任だから、人々は忘れてしまう。

感情は外に表現した瞬間に、責任を伴うものであることを。

だから人は好き勝手なことを言って人を笑い、傷つける。

自分の感情に対する責任に自覚を持たないままに。