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 文化祭の帰り、俺たちは三人そろってショッピングモールに向かっていた。

 内輪でのささやかな打ち上げをやろうというわけだ。

 イチョウ並木を歩きながら萌乃がイベントの舞台裏を教えてくれた。

「放送メディア研究部の部長さんに企画変更を持ちかけたのはあたし。まあ、あの人、あたしのお願いだったら何でも聞いてくれるからね」

 それにしたって無理矢理すぎだろ。

「演劇部の部長さんともちゃんと打ち合わせてたのに、噂通りのひどい演技だったね」

 舞台上で固まっていたんだから、俺もあまり他人のことは笑えない。

「何も知らないのは俺だけだったってことかよ」

「観客をあざむくにはまず身内からよ」

 勝手に巻き込んでおいてそれかよ。

 肩に手ぬぐいを引っかけたうちの名探偵殿がつぶやく。

「わたくしもそこまでは事前に聞かされておりましたが、直木藤人さんの登場は聞かされておりませんでした」

 へえ、そうなのか。

 萌乃が右手の人差し指を立てる。

「あれはね、教頭先生のサプライズ。あたしも直前に司会の部長さんから教えられたの。さすがにびっくりしたわよ」

 急遽シナリオを変更して、怪盗萌乃が逃亡する場面を付け加えたんだそうだ。

 本番直前に照明さんに頼んで、いいタイミングで暗転してもらったらしい。

「舞台上であんたと早変わりしたのは完全なアドリブだったんだけどね」

「おかげで全校生徒の前でとんだ恥をかいたじゃないかよ」

 俺の文句を華麗にスルーして萌乃が姫君を褒め称えた。

「マコっちゃんはさすがだったよね。あわてず流れにバッチリ合わせてたもんね」

「当然でしょう」と名探偵殿の鼻先が上がる。「ミステリー・クイーンなのですから」

「あんたも見習いなよ。どんな突発的な出来事にも冷静に対処する。それが名探偵の助手ってものでしょ」

 まあ、たしかに俺は何もできなかったよ。

 ただ、うちの探偵だってイケメンと見つめ合ってただけじゃないかよ。

「あんたさあ、もしもゲストが美人女優さんで、ステージ上で見つめ合えって言われたら、堂々とリードできる?」

 いや、そんな自信はない。

 アドリブどころか、ふつうに下駄箱の手紙で呼び出されてコクられたってあたふたする自信があるぞ。

 まあ、そんな心配すら俺には無用なんだけどな。

 全然納得できないけど、うちの探偵はやっぱりすごいのか?

 ショッピングモールに到着して、二階のフードコートに上がる。

 俺達は放課後毎日のようにここに立ち寄っている。

 うちの探偵殿が、現場主義だとかなんとかぬかして、このフードコートを自分の探偵事務所だと主張しているからだ。

 文化祭一般公開日の今日は土曜日だ。

 週末の夕方という時間帯のせいか、少し家族連れで混雑していたので、先に席をさがすことにした。

 夏の日差しがまぶしいからか、窓側に空席があったけど、さすがにテーブルも椅子も熱くなっていて使えそうになかった。

 自分の探偵事務所に席がない探偵とはどうかと思うんだが、ふだんは平日だからここまで混雑していなかったんだな。

「少し待ってたら、どこか空くんじゃない?」と萌乃がとりあえず鞄を置く。

「そうですわね」

 あたりを見回していると、うちの探偵のスマホが震えた。

 画面を見て、「ちょっと失礼いたしますわ。アフリカの颯介殿から衛星電話が来ました」と通話をしにフードコートを出ていく。

 結局、文化祭で俺達は左衛門一族の描いたシナリオ通りに踊らされていたというわけか。

 俺は萌乃にイトコンの従兄の話を教えてやった。

「まったく、伯父の教頭といい、従兄といい、みんなでうちの探偵を甘やかしちゃってさ」

「何言ってんのよ」と萌乃が俺の脇腹をつつく。「あんたが一番甘いんでしょうが」

 はあ?

 俺は一番の被害者なんだが。

「あーあ。あたしにも、甘やかしてくれる間抜けな王子様が現れないかしら」

「素敵な王子様じゃないのか?」

「この現代に白馬に乗ってやってくるやつがいたらドン引きでしょうよ」

 世知辛い世の中だな。

 そんな話をしていると、うまい具合に中央の席が空いたので、俺達は荷物を持って移動した。

 ちょうど左衛門の姫君も電話から戻ってきた。

「ミステリー・クイーンになったことを従兄が喜んでくれました」

「それは良かったな」

 萌乃がパチンと手を鳴らす。

「じゃあ、あんた、アイスおごりなさいよ。あたしはダブルで」

「なんで俺が」

「あたしたちのミスコン優勝のお祝いなんだから、当然でしょ」

 うちの名探偵殿までうなずく。

「では、ミステリー・クイーンのわたくしはトリプルにいたしましょう」

「あ、マコっちゃん、ずるい。じゃあ、あたしもトリプルね。プレミアム・フレーバーで、スペシャル・トッピング付きね」

 あーあ、これじゃあ、いくら小遣いがあっても足りないよ。

 昼の菓子パンを我慢するか。

 それでも足りないな。

 やっぱり夏休みはバイトだな。

「文化祭のあとは期末テストだね」と俺の思考を読みとったかのように萌乃が右手の人差し指を立てる。「ちゃんと勉強しないと、夏休みが補習で消えちゃうかもよ」

 それは困る。

 うちの探偵殿が左手の人差し指を立てた。

「勉強も大事ですが、探偵たるもの、日々の研鑽も重要です」

 いや、今は勉強が大事だろ。

「ミステリー・クイーンに選ばれたんだから、もういいだろ。勉強に集中すればいいんじゃないのか」

「いいえ」と左衛門の姫君が人差し指を振った。「名探偵のわたくしにも解くことのできない謎が一つあります」

「美少女怪盗のあたしにも盗めないものが一つあるわよ」と萌乃も片目をつむる。

「なんだそれ」

 俺の顔を見て、二人が笑い合う。

 なんだよ、俺の顔に何かついてるのか。

「いいからアイスおごりなさいよ」と、俺をターンさせて萌乃が背中を押す。

「なんだよ、気になるじゃないかよ」

 うちの探偵殿がアイス屋のカウンターに向かって歩き出す。

「罪を自覚しない罪人ほど罪なものはありません」

 何言ってるんだかさっぱり分からない。

「初歩だよ、ワトソン君」と怪盗萌乃が名探偵殿のセリフを横取りする。

 助手になったつもりはないんだがな。

 まあいいか。

 探偵と怪盗、この二人が御機嫌でいてくれれば、夏休みを平穏無事に迎えることができるはずなのだから。