◇

 俺たちはそのまま三人そろって下校した。

 左衛門家の前でお嬢様と別れ、俺と萌乃の二人で歩く。

「さて、では、恒例の謎解きといきましょうか」

 はあ?

「消しゴムのことよ」と萌乃が片目をつむる。

「なんだよ。やっぱり心当たりがあるのか?」

「そうです」と萌乃が俺の前に立ち塞がる。「犯人はあたしだ!」

 なんだそれ。

 さすがの俺もちょっとは怒るぞ。

「さっき、違うって言ってたじゃないかよ」

「あたしは『違う』とは言ってないわよ」

 ん、そうだったけか?

 たしかに、『どうしてあたしのだと?』と、はぐらかしただけか。

 うちの探偵が迷推理を披露して話をややこしくしただけだな。

「あたしはちょっとマコっちゃんの推理に乗っかってみただけよ。それにあんたも期待通りの反応で、勝手に勘違いして勝手に引っかき回して、名探偵の助手らしく話を複雑にする役割を果たしてくれたじゃないよ」

 なんだそりゃ。

 俺が文句を言おうとすると、萌乃が背を向けて歩き出した。

 ちょっと待てよ。

 追いつくと、萌乃が前を向いたまま話を続ける。

「応援団長さんいるでしょ。ちょっと噂を聞いてたのよ」

「なんの?」

「あたしのこと、好きなんだって」

 はあ?

 まあ、萌乃の推薦人になってるくらいだから、分からない話でもないか。

「でもね、仮にコクられたら返事は『ごめんなさい』なんだけど、まだ言われたわけじゃないし、かといって、いつかいつかと待ってるのも気が重いじゃない」

 そんなの、『イケメンの正反対』と揶揄される俺には分からない贅沢な悩みだけどな。

「だから、あんたに廊下で引っ張られたときに消しゴムを落としておいたのよ」

 つまり、誰かが誰かに何かを伝えるためのダイイングメッセージといううちの探偵の推理は当たっていたということなのか。

 まあ、誰も死んではいないけどな。

 ていうか、要するに、こいつが犯人だってことを知ってたから、あんなふうに深く追及する必要はないって言ってたってことだよな。

 推理でもなんでもないじゃないかよ。

 またおまえらの自作自演かよ。

「団長さんに、消しゴムを見て察してもらおうと思ったんだけど、さっきのあんたの様子から見ると空振りだったみたいね。うちの高校、鈍感な男ばかりで、ホント困るわ」

 ということは、廊下で逃げたとき、もうすでに萌乃は俺と団長との間にあったトラブルに気づいてたってことか。

 鋭い洞察力じゃないかよ。

 こいつの方がよっぽど名探偵なんじゃないか。

「でもよ、いきさつを知ってたんだったら、なおさら俺の名前を使うなよ」

「あたしも高橋だから」

 そりゃそうだけどさ。

 自分の名前じゃ、この場合意味ないだろうよ。

「もしおまえが意図したとおりにメッセージが伝わっていたら、それこそ誤解されて俺の命が危なかったかもしれないわけだぞ」

 渡り廊下で団長殿に首を絞められかけたことを思い出すと体の震えが止まらない。

「その心配はないでしょ」と萌乃が俺の腕をつつく。

「なんでだよ」

「あんたはマコっちゃんの助手なんだから。左衛門のお嬢様の身内に手を出すわけがないじゃない」

 左衛門一族のおかげか。

 悔しいけど、認めざるを得ない。

「それに、死んだら死んだで名探偵の推理通りダイイングメッセージだったってことになるでしょ」

 それは笑えないオチだから却下だな。

「それに……」と、萌乃がつぶやく。「少しくらい痛い目にあった方がいい気味かもって、ちょっと意地悪したかったし」

 なんだそりゃ。

「俺が何をしたって言うんだよ」

「何もしてないわよ」と、俺の脇腹をつつく。「だからでしょ」

 何言ってるんだかさっぱり分からない。

 うちの探偵殿なら、『もっと論理的に話しなさい』と言うところだ。

 論理といえば、気になることがある。

「しかしさ、もしも推理小説でこんな雑なトリックだったら、読者が怒るんじゃないかな」

「心配ないわよ」と萌乃が右手の人差し指を立てる。「これは推理小説じゃなくて、ピュアなラブストーリーだから。クレームは来ません。それに今回はラブコメだし」

 そういえば、俺もさっき名探偵殿に同じ説明をしたっけか。

 コンプライアンスの厳しい時代に、今回も身内の自作自演で、しかもどこかすっきりしないオチだけど、まあ、いいのかな。

 萌乃と別れる交差点まで来た。

「そういえば、消しゴム返してなかったな」

「あんたが使いなよ。マコっちゃんも言ってたじゃん。使い切るまでテスト勉強しなって」

「自分のあるからいいよ」

「じゃあ、また団長さんの前に落としておこうかな」

 それはやめてくれ。

 しょうがない。

 さっさと俺が使い切ってしまおう。

 証拠隠滅だ。

 俺はなんとなく気になったことをたずねた。

「結局、おまえの好きなやつって、この学校の誰なんだよ」

「やっと知りたくなった?」

「まあ、少しは」

 萌乃が顔を突き出す。

「あんたには絶対教えません」

 なんだよ、せっかく聞いてやろうかと思ったのによ。

「そんなに知りたければ、自分の名前でも思い出してみなさいよ」

 俺の名前?

 それがなんのヒントになるって言うんだよ。

「どういうことだよ? 俺の名前は高橋優一郎だぞ」

 気がつくと萌乃はどこにもいなかった。

 通りがかりのおばさんが、不思議そうに俺の顔を見ている。

 あ、いや、べつに自己紹介したわけじゃありませんから。

 なんだよ、あいつ。

 まったく、神出鬼没の美少女怪盗気取りめ。

 余計な恥をかいたじゃないかよ。