(せり)(なずな)御形(ごぎょう)繁縷(はこべら)(ほとけ)()。あとは(すずな)蘿蔔(すずしろ)だけ…。)
 雪月は春の七草の名を唱えながら、食べ頃の摘み菜を探していた。これを使って七草粥にするのだ。
「…あれ?」
 結界――釁隙と現世との際近くにある草花が枯れていた。
 結界の内と外とでは植物の生え具合が全然異なるので、結界そのものが見えなくても境目があることは誰が見てもわかる。その境界に沿うように草花が枯れているのだ。釁隙といえども、季節が終わればその植物は枯れる。しかし今枯れているものたちは、本当なら見頃を迎える花や、旬な摘み菜ばかりだ。普通は枯れることなどない。
 疑問を抱きながら辺りを見回すと、再び不可解なことを目の当たりにした。
「これ…鬼灯(ほおずき)だよね。」
 そこには紅く熟した鬼灯があった。すでに六角状の(がく)が発達して果実を包んだ袋状になっている。鬼灯は、果実どころか開花の見頃でもない。
(近くにある他の植物は枯れているのに、なんでだろう…。)
 すると、懐の手鏡がカタカタと震えだした。
「わ、どうしたの?」
 あの夜の騒がしい鬼ごっこ以来、雪月の手鏡はおとなしく、自ら動いたことなどなかった。しかし今は何かに怯えるように小刻みに震えている。雪月はその真意をはかろうとしたが、鏡には怪訝そうな自分の顔が映るだけだった。人間の自分にはわからないことに少し寂しさを覚えつつ、どうすることもできないので再び懐に収めた。
「どうかしたか?」
 縁側から黒蓮の心配そうな声が聞こえる。
「いえ、すぐに戻ります!」
 雪月は急いで菘と蘿蔔を摘み取り、黒蓮の元へと戻った。
(偶然かもしれないし、相性の悪いものを近くに植えちゃったのかもしれないし…後でもう一度見に来よう。)