(片付けも終わったし、庭のゆり根でも採ろうかな。)
 ゆり根には身体を潤す効果がある。乾燥してきた時期には丁度良い。味噌汁やご飯に混ぜられるほか、お茶として簡単に飲むこともできるのだ。雪月は、日々薬草や生薬、薬膳についても黒蓮から教わっていた。黒蓮は、薬膳は作れないが知識だけは豊富だった。覚えることは多いが、黒蓮と過ごせる時間は雪月にとってとても楽しいことだった。
 そして、屋敷に訪れる妖怪たちの手当てや治療を間近で見ながら、その方法を覚えようと必死になっている。雪月は妖怪をあまり知らないが、妖怪の方は雪月を知っていることがほとんどだった。人間が鬼神のもとで暮らしていると噂になっているらしい。屋敷に来る妖怪の見た目はほとんどが人間と同じ姿であった。稀に半人半獣だったり、角が生えていたりすることもあるが。 妖怪は、人間とは全く異なる見目をしていると思っていた雪月はそのことを不思議に思い、黒蓮に聞いてみると妙に納得する答えが返ってきた。
『本来の姿もあるが、人間の姿の方が手当てや治療を行いやすいと、皆承知しているんだろう。』
 黒蓮によると、ある程度の妖力を持った妖怪は人形(ひとがた)をとれるらしい。そのせいか、雪月は黒蓮と暮らしてから、妖怪と人間は案外似たようなものなのかもしれないと思い始めていた。妖怪といえども人間と同じように怪我もすれば風邪もひく。妖怪の方も雪月を物珍しげに見る者もいるが、大体は友好的に接してくる。そして、人間の言葉を理解しているため、同じ空間にいても居心地が悪くなることはなかった。

(そういえば、茗荷(みょうが)も今時期なはず。酢漬けにしておこう。)
 茗荷は身体を温める効果や血流を良くする働きや、咳を鎮める働きもある。酢漬けにすることで日持ちもよくなるのだ。患者がきた時に出せるようにしておこうと、雪月は籠を持って庭に出た。ゆり根を丁寧に籠に入れ、茗荷も食用となる花穂の部分を摘んで籠に入れていく。
(あ、紫蘇(しそ)も採って良さそう)
 雪月が夢中で紫蘇を摘んでいると、結界の外から一匹の大きな獣が入ってくる。狼のようだが、狼よりはるかに大きく、体には黒い紋様が入っていた。黒蓮である。
「黒蓮様。おかえりなさい。」
「ただいま。」