おれがこの町から離れてたのは、たった一年だ。たいした時間が流れたとは思わない。気付いたら過ぎ去ってた。変だよなー。中学くらいまでは、一年一年、もっと長かったのに。
 この一年で駅前の風景は変わった。レトロなヨーロッパ風で有名だった駅舎は、半分以上がぶっ壊れてる。進入禁止のバリケードが巡らされた向こう側は、ぼこりと膨れ上がった暗色の巨大な塊。ダンジョン、って呼ばれるモノ。
 ダンジョンの正式名称って、何だったっけな。やたら長ったらしくて、常用外漢字だらけのやつ。覚える気もしねーから、もうダンジョンでいいや。
 スズメバチの巣と、ダンジョンの見た目は本当によく似てる。スズメバチは、噛み砕いた木と唾液を材料にして、混ぜて固めて壁にして、巣を作るらしい。
 ダンジョンの材料は、そのへんにある土だのコンクリートだのアスファルトだの大気中のなんちゃらだのと、唾液の代わりの人間の肉体。そういうのが砕けてつぶれて揉みくちゃになって固まって、はい完成。ダンジョンに近付くと、腐臭に似た独特の匂いがする。
 墓ん中は空っぽってケース、最近では死者の半数を超えてるらしい。行方不明者は、たいていダンジョンの材料になってる。
 胞珠が壊れることを「破砕《はさい》」と呼ぶ。ごく一般的な、直径五ミリくらいの胞珠が破砕する程度では、たいした衝撃波も起こらないんだけど。ポン、って。メガネが飛ぶとか、そんなもん。
 ただし、破砕が連鎖すると、指数関数的に衝撃波が大きくなる。あるいは、ちょっとでもデカい胞珠が破砕すると、爆弾でも食らったかのようなえげつない死体が出来上がる。
 そして、一定以上にデカい破砕が起こると、まわりにあるモノ全部を呑み込んで、ダンジョンが造られる。
 何でそうなるんだか、二十一世紀になっても未解明。胞珠なんてモノを持つ生物は人間だけだから、霊長類や類人猿ってくくりは疑問符がつけられている。世間一般ではオカルトのほうが根強いかもしれない。人類こそ異星人である、って説。
 胞珠を持たない人類が平和に暮らしてる、なんていう世界線のストーリーがひと昔前に流行った。今でも、掃いて捨てるほどある。おれもそういう夢、見たりするけどね。
 くだらねーよ。おれの額には朱くてデカい胞珠があって、街並みを見晴らせばダンジョンがゴロゴロしてて、それが現実なんだってば。
 ダンジョンの中の構造は、蜂の巣っぽいとも蟻の巣っぽいとも聞く。度胸試し的にダンジョンに乗り込んでいったきり帰ってこないやつが、長期休みのたびに出る。
 今のこの駅前広場みたいに人が集まってる場所にいると、想像しちゃうんだよね。
 文徳たちの音楽に同調した連中。シンクロしたエネルギーを胞珠で増幅して、この空間全体で一つの大きな生き物になってるようなコンディション。
「ここに爆弾が一個、投げ込まれたら、どうなるでしょー?」
 未曾有の大破砕、だよね。おれと煥っていう、化け物級の胞珠の持ち主までいるんだからさ。町ごと吹っ飛んで、めちゃくちゃ巨大なダンジョンに生まれ変わるんじゃない?
 死体が残らない死に方って悪くないように思うんだけど、どうだろ?
 だってさ、おれはさ、姉貴の死体、どうしようもなかったからさ。
 ストリートライヴの時間は心地よく流れていく。音楽がほどよく頭ん中を掻き混ぜて、難しくない程度に考え事をさせてくれる。つらつらと、思い出したり思い付いたり、唐突に寂しくなったりむなしくなったり。
 気付いたら、終わりの時間が訪れていた。
 文徳が終演の挨拶をして、あっさりと楽器を片付け始めた。解散して立ち去るオーディエンスと、文徳たちに声をかけるオーディエンスと、人の流れができる。
 帰ろっかなって思ったら、文徳が人の頭越しにおれに手を挙げて、「こっち来いよ」とジェスチャーした。人差し指の爪がキラキラする。
 おれは肩をすくめて、人垣のほうへ歩き出した。
【は~い、ちょっとそこどいて~】
 人垣が割れる。おれから文徳のところまで、まっすぐ。
「よぉ、文徳。久々に聴けてよかったよ。いい気分転換になった」
「そう言ってもらえると嬉しい。でも理仁、げっそりしてるぞ。時差ボケか?」
「寝てないし食ってないし、こんなんで絶好調だったら、むしろおかしいってね。姉貴が死んでからこっち、ボロボロだゎ。文徳も、人のこと言える顔じゃねーぞ?」
「まあ、似たようなもんだな」
「ベーシストちゃんがいなくなったんだっけ?」
「ああ。たぶん死んだ」
 鏡を見てるような気分になった。不健康な色の外灯の下で、力なく笑った文徳は、目の下も頬も肉が落ち切っている。