塔を出て、ひとけのない廊下の角を一つ曲がると、途端にそこは学校になった。
ブレザーの制服。案外楽しそうな同世代の人たち。ちょうど休み時間で、男子も女子もそれぞれにしゃべったり笑ったりしている。
何となく、気まぐれなことを思い付いた。教室、行ってみよっかな。友達って呼べるやつくらい、いるし。
歩き出して、すぐのことだ。
女の子がおれにぶつかった。それがけっこうな勢いだったから、女の子はふらついた挙句に転んだ。
「きゃんっ! ご、ごめんなさい!」
黒髪ショートボブの、色白な子だ。華奢な体つきで、めくれたスカートから、ほっそりした太ももがのぞいている。
目を惹かれた。
かなりの美少女。しかも、おれを見上げる両眼が不思議な色をしている。金とも銀ともつかない色合いで、光を反射する。両眼とも胞珠だ。まるで、見事なカットがほどこされた大粒のダイヤモンド。
「だいじょぶ? どっかケガしてない?」
おれは女の子の前に膝を突いて、ニッコリしてみせた。
神秘的な色の目に反して、女の子の表情がクルッと変わる様子は、ごくありふれていた。
「すみません、わたし全然大丈夫ですけど、むしろケガなかったですかっ? というか、ケガなくても痛くなかったですか、すみません!」
「おれも全然大丈夫。急いでた? 前見てなきゃ危ないよ~」
女の子の頬が真っ赤に染まっている。キレイな形のピンク色の唇に、繊細そうに長いまつげ。校章の色を見るに、一年生だ。入学したてで、まだ化粧すらしてない。
姉貴とは違うタイプだけど、この学校で出会った中では最高の上玉だ。本能的に、さわりたい、と思った。
【ねえ、きみさ、おれとデートしない?】
しようよ、デート。
学校なんか抜け出してさ、どっか行こう。いや、校内でもいいよ。誰も近寄らせないように号令《コマンド》かけるから、二人っきりで遊ぼう。怖くないよ?
女の子が、ひゃっ、と喉の奥で小さな声を出した。
「や、えっとその、デ、デートって、そんなっ! わたしではセンパイに釣り合わないですし、まだ授業ありますし、放課後ちょっと行く場所ありまして、すみませんっ!」
「え……」
「おおおお誘いいただくのはすごくとっても光栄なんですけれどもっ、わたし、すっ、好きな人がほかにいまして、その人のことしか今は考えられなくて! 生意気を言ってごめんなさいですけど、そういうわけなのでごめんなさいっ!」
折れちゃいそうに細い、かわいらしい声が、おれに驚愕を与える。
ふられたから、っていうんじゃなくて。
何でおれの号令《コマンド》が効かないんだ、って。
慌てふためいた様子で自分の顔や髪をさわる女の子の手に、流行りのブレスレットがはめられている。天体モチーフのお守りとかいうやつ。持ち主の胞珠と同じ色の石を埋め込んで、持ち主の生年月日から割り出した守護天体の形を模してあるんだ。
それ、自分のやつ持ち続けてるってことは、彼氏はいないって意味だよね。いや、いても別にかまわないんだけどさ。まあ、気になるじゃん、一応。
「あ、行っちゃうんだ? そんな怖がんないでよ」
「いえあの怖がってるとかじゃないので、ほんとに! でもえっと、約束あるので、すみませんっ」
女の子はペコリと頭を下げてから立ち上がって、もう一回ペコリと頭を下げた。元気よくひるがえったサラサラの黒髪から、ふわりと甘い匂いがした。彼女は真っ赤な顔を上げもせずに、走っていってしまった。
「チカラある血を引く者、か?」
あの子自身からは何も感じなかったけど。
調べてみよう。あの子の素性。おもしれーじゃん。号令《コマンド》で言いなりにすることができない女って、姉貴しかいなかったのにさ。
チカラが効かない上に、ほかに好きな人がいる。あんな子を落とせたら、おれって本物じゃん?
おれは、そっと笑った。
たまたま、おれと同じ三年の女子と目が合った。左目に、黄色っぽい半月型の胞珠。確か、けっこうよかったよね、この子。尽くすのが大好きでさ。
宙ぶらりんになった欲求を思い出して、おれは笑顔を作り直した。甘くとろけるナンパ師の笑顔だ。
【ねえ、おいでよ。楽しいコトしよう?】
ぼうっと、彼女の表情がにじむ。おれが言葉に込めた思念のままに、みだらな笑みが口元に浮かぶ。真っ赤に塗られた唇から、ぬらりと濡れて男を誘う舌がのぞいた。
ああ、くだらねー。
簡単すぎるゲームはつまらない。
遊びでも狩りでもないこれは、ただの時間つぶしだ。
ブレザーの制服。案外楽しそうな同世代の人たち。ちょうど休み時間で、男子も女子もそれぞれにしゃべったり笑ったりしている。
何となく、気まぐれなことを思い付いた。教室、行ってみよっかな。友達って呼べるやつくらい、いるし。
歩き出して、すぐのことだ。
女の子がおれにぶつかった。それがけっこうな勢いだったから、女の子はふらついた挙句に転んだ。
「きゃんっ! ご、ごめんなさい!」
黒髪ショートボブの、色白な子だ。華奢な体つきで、めくれたスカートから、ほっそりした太ももがのぞいている。
目を惹かれた。
かなりの美少女。しかも、おれを見上げる両眼が不思議な色をしている。金とも銀ともつかない色合いで、光を反射する。両眼とも胞珠だ。まるで、見事なカットがほどこされた大粒のダイヤモンド。
「だいじょぶ? どっかケガしてない?」
おれは女の子の前に膝を突いて、ニッコリしてみせた。
神秘的な色の目に反して、女の子の表情がクルッと変わる様子は、ごくありふれていた。
「すみません、わたし全然大丈夫ですけど、むしろケガなかったですかっ? というか、ケガなくても痛くなかったですか、すみません!」
「おれも全然大丈夫。急いでた? 前見てなきゃ危ないよ~」
女の子の頬が真っ赤に染まっている。キレイな形のピンク色の唇に、繊細そうに長いまつげ。校章の色を見るに、一年生だ。入学したてで、まだ化粧すらしてない。
姉貴とは違うタイプだけど、この学校で出会った中では最高の上玉だ。本能的に、さわりたい、と思った。
【ねえ、きみさ、おれとデートしない?】
しようよ、デート。
学校なんか抜け出してさ、どっか行こう。いや、校内でもいいよ。誰も近寄らせないように号令《コマンド》かけるから、二人っきりで遊ぼう。怖くないよ?
女の子が、ひゃっ、と喉の奥で小さな声を出した。
「や、えっとその、デ、デートって、そんなっ! わたしではセンパイに釣り合わないですし、まだ授業ありますし、放課後ちょっと行く場所ありまして、すみませんっ!」
「え……」
「おおおお誘いいただくのはすごくとっても光栄なんですけれどもっ、わたし、すっ、好きな人がほかにいまして、その人のことしか今は考えられなくて! 生意気を言ってごめんなさいですけど、そういうわけなのでごめんなさいっ!」
折れちゃいそうに細い、かわいらしい声が、おれに驚愕を与える。
ふられたから、っていうんじゃなくて。
何でおれの号令《コマンド》が効かないんだ、って。
慌てふためいた様子で自分の顔や髪をさわる女の子の手に、流行りのブレスレットがはめられている。天体モチーフのお守りとかいうやつ。持ち主の胞珠と同じ色の石を埋め込んで、持ち主の生年月日から割り出した守護天体の形を模してあるんだ。
それ、自分のやつ持ち続けてるってことは、彼氏はいないって意味だよね。いや、いても別にかまわないんだけどさ。まあ、気になるじゃん、一応。
「あ、行っちゃうんだ? そんな怖がんないでよ」
「いえあの怖がってるとかじゃないので、ほんとに! でもえっと、約束あるので、すみませんっ」
女の子はペコリと頭を下げてから立ち上がって、もう一回ペコリと頭を下げた。元気よくひるがえったサラサラの黒髪から、ふわりと甘い匂いがした。彼女は真っ赤な顔を上げもせずに、走っていってしまった。
「チカラある血を引く者、か?」
あの子自身からは何も感じなかったけど。
調べてみよう。あの子の素性。おもしれーじゃん。号令《コマンド》で言いなりにすることができない女って、姉貴しかいなかったのにさ。
チカラが効かない上に、ほかに好きな人がいる。あんな子を落とせたら、おれって本物じゃん?
おれは、そっと笑った。
たまたま、おれと同じ三年の女子と目が合った。左目に、黄色っぽい半月型の胞珠。確か、けっこうよかったよね、この子。尽くすのが大好きでさ。
宙ぶらりんになった欲求を思い出して、おれは笑顔を作り直した。甘くとろけるナンパ師の笑顔だ。
【ねえ、おいでよ。楽しいコトしよう?】
ぼうっと、彼女の表情がにじむ。おれが言葉に込めた思念のままに、みだらな笑みが口元に浮かぶ。真っ赤に塗られた唇から、ぬらりと濡れて男を誘う舌がのぞいた。
ああ、くだらねー。
簡単すぎるゲームはつまらない。
遊びでも狩りでもないこれは、ただの時間つぶしだ。