オレは、ひび割れたコンクリートに膝をついた。
 赤ん坊の声が聞こえている。銀髪の男と黒髪の女が倒れ伏している。
 女が、赤ん坊を胸にかばっていた。男は、女と赤ん坊とをまとめて抱きかかえていた。二人の体の下に血だまりが広がっていく。
「これが未来か」
 オレのそばに、鈴蘭と師央と海牙がいる。黒服の男が二人、オレたちに銃口を向けた。
「き、きさまら、どこから現れた!」
 うろたえた顔の正木。隣の世良も、目を見張っている。
 正木と世良の向こうに、男が二人、倒れている。背格好でわかる。兄貴と海牙だ。血と硝煙の匂いがする。正木たちと同じ黒服の男が数人、横たわって動かない。
 正木と世良が同時に発砲した。オレの障壁《ガード》が銃弾を焼き焦がす。正木の顔に怯えが走る。
「バカな! なぜ、伊呂波煥が二人!」
「何人いようが、オレの勝手だろ。オレは悪魔と呼ばれる男だからな!」
 ケンカの基礎はハッタリだ。正木も世良も案外、本気でビビってるじゃねぇか。
 鈴蘭と師央が、倒れた男と女に駆け寄った。男の髪の色も、女の横顔も、見覚えがありすぎる。オレと鈴蘭だ。
「パパ、ママ!」
「大丈夫、まだ息があるよ。傷、治せるから」
「でも、痛みを引き受けないといけないでしょう?」
「我慢する」
「一人じゃ無茶です! ぼくも手伝います」
 オレは正木たちを正面に見据えて、鈴蘭と師央に背を向けたまま言った。
「鈴蘭、先に自分のほうを治せ。オレは後でいい。師央、障壁《ガード》を張っておけ。鈴蘭の痛みを、半分、引き受けるんだぞ」
「はい!」
 痛みに弱い鈴蘭のことだ。瀕死の傷の痛みを引き受けるなんて、到底できない。師央と二人で分けたとしても、きっと苦しい。でも、やり遂げないと、未来を変えられない。オレたちは、師央のループの要因をすべて、必ず取り除くんだ。
 オレと海牙は、目の前の敵と対峙する。
「煥くん、どっちをやりますか?」
「さっきと一緒でいいだろ」
「了解」
 オレは正木に、海牙は世良に、正面から突っ込んでいく。
 泡を食った銃撃。ピストルなんか無意味だ。海牙がオレの後ろに下がって、オレは障壁《ガード》で全部の銃弾を防ぐ。
「ぅるぁああっ!」
 オレは障壁《ガード》ごと、正木に殴りかかる。海牙はオレの肩を踏み台に跳躍した。
 正木がギリギリでオレの拳をかわす。かわした先を、オレは回し蹴りで狙う。落下の勢いに乗った海牙が、世良を蹴る。攻撃を受けた世良が、強引な体勢でダメージをしのぐ。
 至近距離での連続攻撃。撃たせない。肉弾戦で仕留める。正木の動きがスムーズじゃない。右脚にケガを負ってる。未来のオレがやったのか? 上出来だ。
 肘を叩き込む。かわされる。手刀の反撃が来る。上腕でガードする。オレの膝蹴りが正木の腹に入った。ダメだ。防弾チョッキを着てやがる。ダメージが浅い。正木の拳がオレの頬をかすめた。
「このガキがっ! 白獣珠を寄越せ!」
 血走った眼球。狂気を映した瞳。正木は、もう正常じゃない。師央から白獣珠を奪って、奇跡のチカラに中毒を起こしている。
「誰が渡すかよ!」
 視線で誘導する。高い軌道のパンチのフェイント。正木がだまされて身構える。足元に隙ができる。
 オレのかかとが、正木の軸足をとらえる。あっさりと正木が重心を手放して、オレの胸倉をつかんだ。ニヤリ、と歪んだ笑み。
 もんどりうって転ぶ。体勢を入れ替えられる。地面に背中を着けたのは、オレだ。正木がオレに馬乗りになる。
「つかまえたぞ、伊呂波煥」
 正木が手のひらをオレにかざす。黒々とした銃弾が凝り固まっていく。
「つかまえたは、こっちのセリフだ」
 右の手のひらが熱い。白い光が凝縮する。光の障壁《ガード》が生じる。
 正木が目を見開いた。オレの意図に気付いている。でも、遅い。
 オレは、障壁《ガード》を正木の胸に叩き付けた。純白の正六角形が黒服を焼き焦がす。煙と異臭があがる。正木が絶叫する。
 左の手のひらに熱を、白い光を集める。正木の腹を突き上げる。衝撃波が起こった。正木が吹っ飛んだ。
 オレは跳ね起きた。仰向けに倒れた正木を見やる。防弾チョッキの胸と腹が破れていた。ヤケドを負った皮膚。呼吸してるのが見て取れる。白目を剥いて気絶している。