この町のシンボルは、港だ。昔は外国船も多くて、にぎわっていたらしい。大きな歓楽街もあった。今はそれほどの活気はない。少し寂れた造船の町だ。
海沿いには大きな倉庫が、ずらりと南北に連なっている。市街地から近い南側の一角は再活用されて、酒場街になってる。酒場街のすぐ北は、現役の倉庫が数棟。
酒場街に、カルマというバーがある。カルマでは二ヶ月に一回、イベントがある。シンプルに、ガレージライヴと呼ばれる音楽ライヴだ。
オレたち瑪都流は、ガレージライヴの常連だ。結成当時から、ほぼ毎回、出演している。昔は年齢を詐称していた。中学生だったくせに、高校生だと言い張っていた。今ではとっくにバレている。オレたちの年齢も素性も、オレが銀髪の悪魔だってことも。
ステージは、いちばん低い場所。見下ろすように、ぐるりと客席が組まれる。酒とつまみを手にした聴衆たち。高い天井をかすませる、タバコの煙。
ガレージライヴは、小汚くて乱雑な空間だ。でも、オレはカルマで歌うのがいちばん好きだ。バイクを飛ばすのと同じくらい、いい。自分が透明になる。風にも水にも炎にもなれる。
ただし、今日は微妙に気掛かりがある。何か言われる前に、釘を刺しておいた。
「来なくていい」
何度も刺しておいた。でも、鈴蘭のやつ、来そうな気がする。
師央は仕方ない。留学帰りの理仁も、久々に来たいだろう。海牙も羽目を外すのが好きなやつだし、寧々や貴宏や順一は族としての瑪都流メンバーだ。だけど、鈴蘭は関係ないはずで、ライヴ上がりは夜も遅くなる。
夕方、瑪都流の倉庫で、寧々と貴宏に笑われた。
「煥先輩の言い方だと、逆ですよー。お嬢、むしろ行きたくなると思う」
「そっぽ向いて『来るな』って。ただのツンデレなセリフにしか聞こえないっすよ」
オレと同じクラスの順一も、ニヤニヤしている。
「どうしてそこまで嫌がるかな? もしかして、ラヴソングでも書いた? 新曲初公開って、彼女のこと歌った唄?」
違う、と思う。いや、わからない。図書室で眠る鈴蘭を見て、思い付いた。ただ、その詞は決してラヴソングじゃない。なのに、なんとなく、鈴蘭に聴かせるのは照れくさい。
歌うことそのものの調子はいい。喉も心も、歌いたいトーンや情景を、きちんと出せる。
兄貴たちがブチ上げるロックチューンのサウンドとリズムとビートと、オレとの境界線がなくなる。オレの外側が透明になって、内側の闇の深さを測ってみる。手探りしたら、わからないものに触れた。自分の中にある、自分でも知らない何か。
リハを終えたとき、ギターを抱いたままの兄貴が言った。
「最近、煥の歌い方が変わったな。聴かせたがってる感じがする」
聴かせたいんじゃなくて、訊きたいんだよ。オレの胸の中で見付けたこの熱っぽいモノは、何だ?
ガレージライヴの本番。オレたちはトップだった。対バンは全部で四組。
円陣を組んだ。気合いを入れて、ショーが始まる。
牛富さんの骨太なドラムと亜美さんのパワフルなベースは、オレが倒れ込んだとしても必ず受け止めてくれる、瑪都流のリズム。兄貴の痛烈なギターと雄のきらびやかなシンセは、オレを導いて我武者羅な全力で突っ走っていく、瑪都流の旋律。
歌うオレは、音の奔流に守られている。さらけ出す心。本当は、いつだってこの素裸の心でいたい。最強の不良っていうレッテルも、銀髪の悪魔っていう肩書も、投げ捨てる。
見つめると そっぽ向く 手を伸ばすと 離れてく
見つめられて 逃げた 温もりに 怯えてる
遠い空に月 あれは上弦の月
夕暮れに見付けた 消えそうに透き通ってた
手を伸ばして触れた 柔らかく震えてた
怖くなって離れた 君を壊しそうで
月は丸くなって やがて欠けていって
時が経てば経つほど 解らなくなる
名前のない僕に 触れてくれないか
これが本当の顔なのか 僕には見えない
暗い空に月 あれは下弦の月
真夜中の風の中 未来を思い出した
守る為に生きることが 出来るならば
教えてくれないか 守るべきモノの在処を
目の前で震えてる 温かな吐息を
戸惑って見つめてた 僕は息もできずに
息もできずに
新曲は、ミドルテンポのロックバラードだ。兄貴はエレキからアコギに持ち替える。途中まで、オレの声と兄貴のギターだけ。
目を閉じて歌っていた。途中で不安になった。まぶたを上げると、兄貴と目が合った。兄貴はうなずく。亜美さん、牛富さん、雄。ゆっくりアイコンタクトを交わす。
いつまで歌っていられるだろう? このメンバーで、こんなふうに。
歌いながら、いつも寂しい。一曲一曲、終わるたびに、ライヴの終わりに近付くのが実感できる。それは同時に、瑪都流に残された時間のカウントダウンみたいだ。
未来は、いつ途切れるか、わからない。続けたいと願っていても。
海沿いには大きな倉庫が、ずらりと南北に連なっている。市街地から近い南側の一角は再活用されて、酒場街になってる。酒場街のすぐ北は、現役の倉庫が数棟。
酒場街に、カルマというバーがある。カルマでは二ヶ月に一回、イベントがある。シンプルに、ガレージライヴと呼ばれる音楽ライヴだ。
オレたち瑪都流は、ガレージライヴの常連だ。結成当時から、ほぼ毎回、出演している。昔は年齢を詐称していた。中学生だったくせに、高校生だと言い張っていた。今ではとっくにバレている。オレたちの年齢も素性も、オレが銀髪の悪魔だってことも。
ステージは、いちばん低い場所。見下ろすように、ぐるりと客席が組まれる。酒とつまみを手にした聴衆たち。高い天井をかすませる、タバコの煙。
ガレージライヴは、小汚くて乱雑な空間だ。でも、オレはカルマで歌うのがいちばん好きだ。バイクを飛ばすのと同じくらい、いい。自分が透明になる。風にも水にも炎にもなれる。
ただし、今日は微妙に気掛かりがある。何か言われる前に、釘を刺しておいた。
「来なくていい」
何度も刺しておいた。でも、鈴蘭のやつ、来そうな気がする。
師央は仕方ない。留学帰りの理仁も、久々に来たいだろう。海牙も羽目を外すのが好きなやつだし、寧々や貴宏や順一は族としての瑪都流メンバーだ。だけど、鈴蘭は関係ないはずで、ライヴ上がりは夜も遅くなる。
夕方、瑪都流の倉庫で、寧々と貴宏に笑われた。
「煥先輩の言い方だと、逆ですよー。お嬢、むしろ行きたくなると思う」
「そっぽ向いて『来るな』って。ただのツンデレなセリフにしか聞こえないっすよ」
オレと同じクラスの順一も、ニヤニヤしている。
「どうしてそこまで嫌がるかな? もしかして、ラヴソングでも書いた? 新曲初公開って、彼女のこと歌った唄?」
違う、と思う。いや、わからない。図書室で眠る鈴蘭を見て、思い付いた。ただ、その詞は決してラヴソングじゃない。なのに、なんとなく、鈴蘭に聴かせるのは照れくさい。
歌うことそのものの調子はいい。喉も心も、歌いたいトーンや情景を、きちんと出せる。
兄貴たちがブチ上げるロックチューンのサウンドとリズムとビートと、オレとの境界線がなくなる。オレの外側が透明になって、内側の闇の深さを測ってみる。手探りしたら、わからないものに触れた。自分の中にある、自分でも知らない何か。
リハを終えたとき、ギターを抱いたままの兄貴が言った。
「最近、煥の歌い方が変わったな。聴かせたがってる感じがする」
聴かせたいんじゃなくて、訊きたいんだよ。オレの胸の中で見付けたこの熱っぽいモノは、何だ?
ガレージライヴの本番。オレたちはトップだった。対バンは全部で四組。
円陣を組んだ。気合いを入れて、ショーが始まる。
牛富さんの骨太なドラムと亜美さんのパワフルなベースは、オレが倒れ込んだとしても必ず受け止めてくれる、瑪都流のリズム。兄貴の痛烈なギターと雄のきらびやかなシンセは、オレを導いて我武者羅な全力で突っ走っていく、瑪都流の旋律。
歌うオレは、音の奔流に守られている。さらけ出す心。本当は、いつだってこの素裸の心でいたい。最強の不良っていうレッテルも、銀髪の悪魔っていう肩書も、投げ捨てる。
見つめると そっぽ向く 手を伸ばすと 離れてく
見つめられて 逃げた 温もりに 怯えてる
遠い空に月 あれは上弦の月
夕暮れに見付けた 消えそうに透き通ってた
手を伸ばして触れた 柔らかく震えてた
怖くなって離れた 君を壊しそうで
月は丸くなって やがて欠けていって
時が経てば経つほど 解らなくなる
名前のない僕に 触れてくれないか
これが本当の顔なのか 僕には見えない
暗い空に月 あれは下弦の月
真夜中の風の中 未来を思い出した
守る為に生きることが 出来るならば
教えてくれないか 守るべきモノの在処を
目の前で震えてる 温かな吐息を
戸惑って見つめてた 僕は息もできずに
息もできずに
新曲は、ミドルテンポのロックバラードだ。兄貴はエレキからアコギに持ち替える。途中まで、オレの声と兄貴のギターだけ。
目を閉じて歌っていた。途中で不安になった。まぶたを上げると、兄貴と目が合った。兄貴はうなずく。亜美さん、牛富さん、雄。ゆっくりアイコンタクトを交わす。
いつまで歌っていられるだろう? このメンバーで、こんなふうに。
歌いながら、いつも寂しい。一曲一曲、終わるたびに、ライヴの終わりに近付くのが実感できる。それは同時に、瑪都流に残された時間のカウントダウンみたいだ。
未来は、いつ途切れるか、わからない。続けたいと願っていても。