『って、部屋に戻ろうか?』
「えっ?」

予想外の言葉なので思わず言ってしまった。

『なんで驚いたかよ。ここにいても用がないでしょう。お前、別にもうコーヒー飲まないなら、ここにいなくてもいいじゃん。』

…いや、部屋に戻ってもやることないのに。
私の返事待たず、蒼はそのままリビングを出ようとする。

「あっ、待って、部屋まで抱っこして運んでくれて。」

面白半分に言ってみた。

『お前、本気か?』

何年も一緒にいたせいか、私が対象ではないか、
おねだりされてもドキドキしないように見える。

「先から不機嫌そうだから、機嫌直そうと思っただけ…」
『なら、抱っこして運んであげて、このままいやらしいことまでしてもよければ機嫌良くなると思う。』
「…そんなこと言わないでよ。」
椅子から立ち上げて、廊下を通して蒼の部屋に行く。

廊下で妙な所を気づいた。
今まで気づいてなかったが、こんなアンティークな扉があったの?
廊下の奥にある扉をじーっと見ても、なかなか思い出せない。
この扉は、なんの部屋なの?

「これ、何の部屋なの?」
『使ってない部屋だよ。』

聞きたいことを最初からわかるように、蒼はすぐに返答した。

私の視線は、まだあの扉に釘付けにしてる。

どこかで見たことある。
なぜか親切感が溢れてきた。

「…ねぇ、蒼、これってさ…うわっ!」
『はい、はい。部屋にどうぞ。』

結局目を隠されたまま部屋に押し込んだ。
振り向かいたら、蒼はもうドアを閉めた。

なんでだよ…

『…フッ、なんで不服そうな顔だ。』
「え?してない。」
『お前が拗ねてる時に、よくわかりやすく「ムッ」とほっおえを膨らましてくるって知らないの?』

そう話しながら、私の頰を軽くつねた。
私はまだ不服な顔をしてるから、蒼が笑った。

『まぁ、元彼の話聞くと妙な気分になっただけ。』
「そんなに【蒼】嫌なの?」
『いや、彼のこと嫌いじゃなく、お前が俺たちのこと間違えた方が嫌い。』
「…だから、ごめんってば。」
『はい、はい。』

素直に謝ったから、蒼が少し機嫌良くなったようで何より。

「ねぇ、さっきの扉はなーに?」と言いながら蒼をハグした。
『……』

流石に、自分でもわかってる。
自分はおねだり得意ではない。
これは精一杯のおねだりだったのに、あっさり無視されたと悲しい。
自分の顔見えないけど、今こそ唇を尖がさせて不服な顔してるでしょう。

「…だかーら、リアクションくらいちょうだい。」
『…いや、懐かしいと思った。』

懐かしい?
はっきり意味わからない。
私を見て笑った蒼は私の頭の上にポンポンと軽くなでる。

『体も精神も成長したはずのに、おねだりのスキルは昔からちっとも成長してないよね』

蒼は怒ってない。むしろ、優しい顔している。

『俺の前には良いけど、他の人の前にはやらない方が良い。』
「蒼の前だけやるよ。」

蒼は私より身長高いので、彼のことをじっと見上げてる。

『あれはただの古い部屋なので、気にすんなよ。』
「…今、誤魔化してる?」

蒼はタメ息した

『俺、お前に嘘付くなんてしない。』
『昔も今も、俺の考えを無理矢理つけない。まぁ、あの人と付き合うかどうか悩む時には口出したりしたけど、でも…お前を傷つくことは絶対しないし、誰にもさせない。』

蒼が最後の部分を言った時の声、いつもより低くて真剣だった。

今の蒼と8年間知り合って、お互いの弱みも癖もわかってる。

【蒼】と名前だけ同じではなく、
【蒼】の代わりに、ずっと私の傍にいる。

私の前にずっと余裕にあり、頼もしい。
私の世界で何度も人から裏切れたりしてきたことある。
段々もう裏切れても何も感じなくなった。
そして、気つけば誰も信じられなく、どうでもいいと思った。
昔からもこんな感じかもしれない。

何かされても、「この人絶対私のこと裏切れない!」と堂々と言えるのは、【蒼】と蒼だけ。だから、彼達が言うこと、疑うことなく全部信じる。

蒼の顔を見る度にこう思う。
あぁ、やっぱ私はこの人に一生敵わない。

「…蒼ってさ、過保護じゃない?」
『そうだよ。』

冗談言うつもりだけのに、まさか認めた。

蒼は、私が何を考えているのか大体わかる。
たまに私の心も読める。しかし、私は蒼の心を読めない。
一緒にいる時間長いからわかるか?
でも蒼が何を考えているのか、全然わからない。
それとも、特殊能力というやつ?

『お前、また変なこと考えてるの?』

頭の上から蒼の声が聞こえた。
さっきと違って、優しく甘い声だった。
私は何も言わず、ただ蒼の目をまっすぐ見る。
すると、蒼はなんの決意をしたようで真面目にこう言った。

『お前、何人ぐらい憶えてる?』
「これ、何の話?」
『今まで出会った子の話。』
「全員?…待って、一回ぐらい会った人は流石に無理だよ。ただよく会った子なら覚えてる。いや、そのぐらい普通に覚えてるでしょう?ヘミアの世界(パラコズム)は無理だけど、栞の世界(パラコズム)なら、よく会う人も覚えてる。」
『いや、別に一回しか会ったこと無い人なら覚える必要がない。』
「え?じゃ、どういう風に…」

予想外の質問で一瞬パニックになりそう。
私を落ち着かせるようで、蒼は再び私の頭の上にポンポンと軽くなでる。

『まぁ、ごめん。俺の聞き方が悪いかも。じゃ、へミアの次に誰と会ったか覚えてるの?』

蒼の目を見ながら、改めて思った。
私、蒼の目が大好きなんだ。
大好きな水色だし、海のように澄んだ目で宝石みたい。

「…何を言ってるの?それなら忘れるわけないよ。だって、栞でしょう?栞は今でも私の側にいるし、昨日も会ったよ。」
『栞、なの?』
「え?当たり前じゃない?あっ、あの頃は確かに【栞】という名前ではなく、【汐里】という名前だった。」
『ややこしくなるから【栞】でいい。』
「名前は大事だよ。確かに、名前や呼び名が変わっても、その人の自身は変わらないと思ってる。ただ、名前は特別だよ。」
『…変なこだわりだね。』
「別にいいじゃない?それでね、へミアがいなくなってから出会ったのは栞だけだよ。違うの?」

話続いてるのに、噛み合わない。
蒼は、一体何を求めてるでしょう。

『まぁ、それでいい。』と言って私を強く抱きしめた。

私は、特別な能力があるわけではない。
ただ、別の世界のことを見えるだけだった。
世界(パラコズム)で彼達と出会って、仲良くしてるだけ。

私は何もできないと思う。
そもそも私は自分の意志で決められないし、
まるで映画ようにいつも客観視点で見てるだけだった。
しかし、その中に例外がある。

それはヘミアと栞の世界(パラコズム)だった。
今までの経験によると、
物語を読み始めたら、彼女・彼が亡くなるまで他の世界(パラコズム)に行けない。
栞はへミアがいなくなってから出会った子だった。でも、彼女は今でも私の側にいるから、へミアよりも一緒にいる時間が多く、長い知り合いだ。

栞の世界は、今までの世界(パラコズム)の中にも特殊な存在だ。

客観視点で見る時もあったけど、一人称視点が多い。しかも、栞の目線だけではなく、一人称視点で見えるのは、栞以外に2人もいる。

なので、他の世界(パラコズム)よりも栞の世界(パラコズム)に沈みやすくい。

その世界(パラコズム)で、私の口から出す言葉や容姿も全部栞のものだった。
考え方と感情も、自分ではないと感じることある。
もちろん、私は栞の生活も干渉できない。
例え、栞がそのまま進んだら傷付くとわかったのに、「そこに行っちゃだめだよ。」と言えない。

私の声は、栞に届かない。

私たちの間に透明な壁がある。
なので、蒼みたいにお互いの体を触ったり対面で喋るのはできない。

栞は、私が出会った子の中に一番頑固な子だ。

世界を嫌いなのに、世界を守るためにずっと一人で頑張ってる。
なぜなら、彼女の大切な人はあの理不尽な世界が好きだった。
何も言わず一人で全部背負って生きてる。

しかし、栞がついに弱音を吐いた。

私は誰よりも栞のこと知ってるはずなのに、
私は誰よりも栞の世界(パラコズム)見てるはずなのに、
何もできない自分がいて、腹が立った。

情けない。
相変わらず、私はただの観客だけ。
誰も救えない。

「蒼、私、懐かしいことを思い出した。」
『今度は誰の話かよ?』
「栞の話だよ。」

私はあの日について静かに語り始めた。

【私、一体誰だろう。】

ある日、栞が突然こう言った。
珍しく栞が独りでいた時間なので、話し相手ももちろんいなかった。
あの日独りでボソッと言って、この話を聞いたのは私しかいない。

まるで、私に聞いたように聞こえる。

彼女はどんな気持ちでこの話を言っただろう。
栞は泣いてなかった。
歓びもなく怒りもなく、静かにそう言った。
もちろん、私はいつも通りに栞と同じ視点なので、
彼女はどんな表情でその話を言ったのも知らなかった。

私、その後酷くて泣き続いてた。
蒼は、私が泣き止むまで傍にいた。

『あぁ。あの話なら、俺も覚えてる。お前、めちゃ泣いてた。』
「私、あの時に怖かった。」

栞はずっと自信満々で、気強い子だ。男よりも強い時もある。
限界になり、栞が壊れてしまうではないか?と急に怖くなった。

そして、
栞がこのまま消えてしまうじゃないの?と思った。

結局、翌日何もないように、栞はまた笑顔で生きてる。
今でも私の側から離れなく、元気でいる。

『まあ、栞は大丈夫でしょう?しばらく消えないと思う』

思い出を偲んで、蒼の声で現実に戻った。
蒼は栞のこと知ってるし、栞が昔から私の側にいるのも知ってる。

「…あの扉は栞と関係あるの?」
『ないよ。』
「なら、なんでそう聞いた?」
『さぁ。』

蒼は目線をそらして、また口を噤んだ。
嫌な予感をした。

「蒼、私は心を読めないよ。あなたが何も言えなかったら、私は何もわからないよ。私はただの普通な人間だから、教えて欲しい。」

蒼は口を噤んだまま私の話を聞いてる。

「蒼と出会った時には私はまた10代後半で子供だったけど、今は大丈夫だよ。私はもう昔ように簡単に潰されないから教えて欲しい。もちろん、何も知らず、毎日も職場の不満を言ったり遊ぶ予定を言ったりするのも悪くない。
だけど、あなた達に関することなんでも知りたい。どんなことでも知りたい…」

私は口上手くないし、自分の気持ちを素直に伝えるのも苦手なタイプだ。
初対面の人なら、ほぼ誰も冷たい人だなぁと誤解されてる。

「私を信じて。」

私は蒼のこと大好きだ。
へミアも栞も大好きだ。
今まで出会った子たち全員も私の宝物だ。
その気持ちを信じて欲しい。

まぁ、これでも話さないなら素直に諦めるけどね。

『…先に言うけど、俺はお前のこと信じてないなんてないよ。』
「うん。」
『でも、俺は、自分の方法でお前を見守ると決めた。』