拓実はそう言って、カウンター奥の飾り棚にずらりと並んだ茶器を指差した。
形も色もさまざまな急須に、丸っこい湯呑み。鮮やかで華やかな柄の茶筒。注ぎ口がついたシンプルなデザインの湯冷ましや、砂時計も置かれている。カウンターの一角にはお鍋くらいの大きさの釜があり、蓋の隙間からかすかに蒸気が漏れていた。
「日本茶カフェみたいなお店ってこと?」
「そんな洒落(しゃれ)たもんじゃねえよ。茶屋だ、茶屋」
ずっとお茶の香りがしていたのは、そういうことだったのか。
拓実は飾り棚から急須と湯呑み、湯冷ましをひとつずつ選び、釜の蓋を開ける。
ほわんと湯気が上がった。柄杓でお湯をすくい、茶器すべてに注いでいく。黒いワイシャツの袖がかからないように添える左手が綺麗で、思わず見とれてしまった。
お茶を淹れるって、こんなに丁寧で繊細なものだったっけ。
チラリと拓実の表情を窺うと、私の視線に気づいたらしく「なんだよ」とぶっきらぼうな声がした。
「所作が美しいなあと思って」
率直に感じたことを伝えれば、フンと鼻を鳴らす。『じろじろ見てんじゃねえよ』くらい言われるものだと想定していたから少し拍子抜けしたけれど、悪い気はしなかったらしい。
急須と湯呑みに入っていたお湯を捨てて、布巾でぬぐう。どうやら温めていただけのようだ。
湯冷ましのお湯には温度計が突っ込まれている。こちらは適温に下がるのを待っているのだろう。
ゆらゆらと揺れる白い湯気をじっと見つめていれば、ポッと軽やかな音がした。拓実が茶筒を開けた音だ。柔らかな桃色に白や赤の花がちりばめられたデザインの茶筒に、心が躍った。
茶葉を急須に入れて、蓋をする。半月みたいな形のお盆に、急須と湯呑みがのる。飾り棚から砂時計をひとつ、それから塩昆布を盛った小皿も一緒にお盆の上に並んだ。
お湯の温度を確認して、温度計を抜く。
「はい、『かぶせ茶』」
「わ……」
カウンターに置かれたお盆に、感嘆の声が漏れる。
お茶の概念が変わりそうだ。私はいまだかつて、こんなに手間暇をかけた緑茶を飲んだことがない。