【プロローグ】

アパートの屋根の上に、彼は立っていた。

(さえぎる)るもののない空は、高く、広い。

財布の中には、千円札が三枚。小銭が六百二十一円分。
預金の残高は三百二十五円。最寄りのATMでは下ろせない。
そして、無職。

佐藤武士(たけし)、二十四歳の現実だった。

カタンカタン……
電車の音が、遠く聞こえる。

ウェーブのかかったメープル色の髪が、春の風に揺れていた。
やや青みのあるグレーの瞳には、駅前の雑踏が小さく映っている。

カタンカタン……ドゥンドゥンドゥン

屋上は、いろいろな音がよく聞こえる。
アパートの隣室に住むOLがかけるデスメタルも、いつもよりドゥンドゥンと容赦なく足元に響いていた。
自己主張の強いベースの音にまじって、工事の音が聞こえる。駅前の再開発だとかで、ここのところずっとこの調子だ。

(死にたい)

その四文字が頭に浮かぶのは、初めてではなかった。この二週間、何度も何度も繰り返されてきたことだ。