「指輪」
結婚、婚約などにおいては重要視されるキーアイテムだ。
身につける場所によって意味が変わるらしいが、何においても「円」「縁」を象っているものだということは間違いない。

人生の節目、節目で登場し、時には永遠の愛を、時には永遠の束縛を与えるものだと僕は思う。ましてや身につけると言うのだから、重要なのだろう。
ただ、この世界での「指輪」は生命と直結するほどの重要度がある。売り買いは以ての外だし、失ってしまえば、その人の人生は事実上終わる。

僕はワンド。指輪と魔法とモンスターが人々の生活を形成している世界『ディルレスト』に住むごく普通に暮らすだだの学生だ。今日もただ生産性のない一日を窓の景色を見ながら過ごしている。しかし、もうすぐこの毎日から抜け出すことができるかもしれない。

「みんな、分かっていると思うが、明日は契約輪の儀だからな。今日は寄り道せずに真っすぐ帰れよ~」

デメト先生がクラス全体に聞こえるように大きな声で話している。「契約輪の儀」というのは読んで字のごとく、この世界で重要な儀式のことである。
子供たちは13歳になると一生使用する指輪を手に入れる。そのためには儀式において自分のパートナーになる指輪と契約する必要があるのだ。
この儀式をせずに指輪を使用した場合、身体に何かしらの影響が起こると言われている。

「おい。ワンダ、お前どんな指輪と契約したい?」

幼馴染のライド・トラグルトが話しかけてきた。

「どんな指輪って、分かんないだろ。こちらは選ぶわけじゃないんだから」
「そうだけどよ。やっぱりドラゴンとかライオンとか強い力を宿した指輪と契約したいじゃん。願望がなければ、それこそ選ばれるチャンスなんかもないかもなんだぜ」

その通りなのだが、僕は高望みはしていない。この儀式では指輪を選ぶことはできない。血筋や時の運が大きく作用しているのではとも言われているが、何が影響するのかは未だ解明されていないのだ。そうこう話していると遠くの方で女子たちの歓声が聞こえた。

「キース君、キース君はやっぱりすごい指輪と契約できるんだよね?」
「当たり前だろ。僕の家系は代々騎士団員なんだよ。当然僕にも強力な力が手に入るはずさ!」

キース・バルドルクス。彼はこのクラスではちょっとした有名人だ。父親、兄弟ともに王国の騎士団員として活躍しており、彼も周りから期待をされている。正直、僕も彼が恐らくこのクラスの中で一番強力な指輪と契約するだろうと思う。

「フン!キースは余裕だよな。俺も騎士の家系に生まれたかったぜ」
「そんなこと言うなよ。親父さん、この町の大工頭だろ。すごい人じゃないか。俺はお前のこともうらやましいよ」
「ワンダ、お前は本当に良い奴だな。お前くらいだぜ、そんなこと言ってくれるの」

ライドは少し嬉しそうにしながら、僕の背中を軽く叩いた。でも、これは本心から出たものだ。親の顔を知らずに爺ちゃんと2人で暮らす僕にとってはライドも恵まれているように感じてならない。

その日僕らは先生の言いつけ通り、2人とも真っすぐに家路につくことにした。家に帰ると爺ちゃんが釜戸に火を入れている最中だった。

「おう、ワンダ帰ったか。今から晩飯作るから畑から馬鈴薯を6つばかし持ってきてくれ」
「分かった。今日のメニューは何?」
「今日はお祝いだからな。お前の好きな馬鈴薯のグラタンにしようと思ってな」
「やったね!じゃあ、飛び切り良さそうなのをも選んでくるよ」

爺ちゃんの作るグラタンはどれも美味しんだけど、中でも馬鈴薯のは絶品だ。爺ちゃんのこだわりらしく、この時はチーズもいつもより高いもので作ってくれる。僕は畑から馬鈴薯を持っていくと、そのまま夕食作りの手伝いをした。この家は僕と爺ちゃんだけだから、何をするにも助け合う必要がある。爺ちゃんに仕込まれたおかげである程度の家事なら1人でこなせるようになったが、料理だけは今でも爺ちゃんの方が上手い。そこは経験の差だなんて言っていたけど、いつかは超えてみたいというのが僕の小さな目標だ。

「明日はいよいよ儀式の日だな。緊張しているか?」
「まさか。小さい子じゃあるまいし、成るようになれとしか思ってないよ。それに僕が契約できる指輪なんてたかが知れてるだろう?」
「そんなことは本番までは分からんじゃろうが。儂の孫なんじゃから自信を持たんか」

爺ちゃんはこんな風に言ってくれているけど、爺ちゃんの指輪の能力もそこまで強力なものではない。昔はすごい魔法士だったって、ライドのお父さんは言っていたけど、今は見る影もなく、余生を過ごしている。
僕はそのまま夕食を済ませると明日の身支度を整えて、早々に寝ることにした。
明日の儀式は確かに楽しみではある。でもやっぱり、期待という言葉にすがることはできそうにない。僕の人生において期待や希望は小さい頃に喰われてしまったのだから。