「遅いぞ! もっと早く来い!」

哲也がまるで体育の授業で、生徒に集合をかけるような大声で叫んだ。

「そんなに大声で叫ぶなよ。二日酔いの頭に響くだろ。それにここは校庭じゃない」

ユースケは顔をしかめた。哲也は声だけでなく身体も大きく、身長は百九十センチを超える。毎朝出勤前に十キロを走り、さらに昼も時間があれば走るという、「ザ・体育会系の男」である。

大学時代はラグビーで鍛えており、妙な威圧感があった。卒業後はかねてから希望していた警察官になり刑事課に配属された。

ユースケもそれなりに背が高い方であるが、やせ形でどらかと言えば文学青年と言った方があてはまる風貌だった。

対照的な二人であるが、ユースケと哲也は小学校からのくされ縁とも言うべきか、今も交流が続いていた。

哲也はユースケにたびたび難事件について相談していた。

「お前、西脇社長と遅くまで飲んでたんだってな。重要参考人になっとるぞ。ここだけの話だが」

哲也は声を落として言ったつもりであったが、あまり小さな声にはならなかった。

「そんなにデカイ声だと、ここだけの話にならないだろ」

「お前、覚えていないんだろ、昨日の事。ここだけの話だが」

思わず、ユースケは返答に詰まった。

幼馴染だけあって、ユースケの行動を哲也は知り尽くしている。

実はユースケは酒を飲むとすぐに寝てしまう。

そのせいでこれまで時々失敗を犯していた。その度に、宴会に出席するのは二度と止めようと誓うのだが、なかなか断ることができない。

「図星だな」哲也がつぶやいた。

「まあいいや、俺だってお前がやったとは思っとらんし。ま、重要参考人としてではなく、頭脳明晰なコンサルタント様のご意見を賜りたく現場を説明したいと思う」

哲也は周りを気にしてなのか、メモを取り出して大げさに声を張り上げた。

「西脇社長は昨夜、忘年会に出席し、四次会まで飲んでいた。最後に行った店は、赤坂見附の『桔梗』という高級クラブ。お前が最後に行った店だ。西脇社長はここでもかなりの酒を飲んで大騒ぎした」

「その通りだよ。かなり飲んでた」ユースケは言った。

「そこでお前は早々と寝てしまった」

「……」

「だから覚えていないと思うが、店の従業員によると、閉店間際に西脇社長に電話がかかってきたらしい。それで西脇社長は話をするために一旦席を外した。それでまた戻ってきたら、急に事務所に戻ると言って店を出ていった」

「え、事務所に……?」と、ユースケが驚いた様子で言った。

「そうなんだ。で、閉店間際だったからちょうど良いということで、お開きになった。ちなみにお前はヘロヘロになりながらもタクシーに乗せられて自宅に戻った」

「そうか……その時に俺は戻ったのか」

「ということで、お前はアリバイがあるから犯人ではない。証言もある。ただ、最後まで一緒にいたから、重要参考人なんだけどな。良かったな、酒に弱くて」

にっこり笑う哲也を横目で見て、ユースケは苦笑いをした。

「それで、そこからが問題なんだ。事務所に入ったのか入らなかったのかそれは分からないが、西脇社長が死んでたのは、七階なんだ。死亡推定時刻は零時30分」

ユースケは思わず顔を上げた。

「なんだって?7階?だって、事務所は8階だぜ。どうしてそんな所で亡くなったんだ?」

「そこが謎なんだよ。ちょうどエレベータの前で死んでいたのを朝、7階の会社の従業員が見つけたんだ。その会社はアーバン投資会社の真下にあたるんだが。死亡原因は心臓発作らしい」

「心臓発作……。確か西脇社長は心臓が悪くて薬を飲んでいた」ユースケが言った。

「そこなんだ。そうなると、病死で事件性が無いという事で、終わり。実は、捜査チームもそういう方向性になりそうなんだ。でも、俺、何かひっかかるんだよね。なんで7階なのかって。こういう感じって大切にしないといけないと思うんだ」

哲也は真剣な表情で言った。

「それにな、西脇社長の担当医によると、きちんと薬を飲んでいれば、よほどの事が無い限り、突然死んでしまうほど、病気がひどくはなかったらしいんだぜ」

思わずユースケは哲也を見た。

確かに、西脇社長は一方で几帳面な性格もあって、ユースケが見ている前でも、時間通りに薬を飲んでいた。