父も母も資産家の出身で、戦前真庭家は、かなり裕福であったらしいが、戦後は没落し、かなりの財産を失っていた。

かろうじて残った自宅の洋館は、ユースケが小さい頃から既に朽ちてボロボロで、何度となく幽霊を見た。実は、このことはユースケにとって今もトラウマで、強く主張できない性格はここに遠因があるかも、とユースケは思っていた。

そして今回もユースケは幽霊かと思ったのだ。キザな外国人の幽霊かと。

それは何の前触れもなかった。

数日前に夕食を終えて自分の部屋に戻ると、エルモが鏡の前で髪の毛を整えている所に出くわしたのであった。驚くユースケにエルモは全く動じず、あたかも自分の部屋の様にふるまっていた。

――大人になってからはしばらく見ることは無かったのに。コイツが現れるまでは。

「で、ユースケは本当のところどうなのさ」

エルモが人間の姿で椅子に座り、ユースケの仕事机の上に足を投げ出して言った。

「だから、お前ちょろちょろと出てくるなって! それに靴履いて俺の机の上に足を置くな!」ユースケは怒って言った。

「あのさ、イギリスではこういうくつろぎ方は当たり前なの。あと、『お前』とか呼ばないでくれる。僕の本当の名前は『ボビー・マルコム・ジュニア』と言ったよね?かの有名なエジンバラの名犬ボビーは僕のひいおじいさんだってね」

エルモはやや長めの髪をかきあげた。

「そんな犬の名前は知らないよ」とユースケはつぶやいた。

――どうして犬がガイジンに変身するんだ。

ユースケはいぶかしそうにエルモを見た。

「これも前に言ったと思うけどね、ひいおじいさんの勇敢な血を引き継いで、マルコムファミリーは代々優秀なロンドンの警察犬として活躍したんだ。しかもママは女優だったのさ。何度も映画に出て、あの有名なペットフードのCMで何度も出演して大人気だったんだ。というわけで、勇敢なマルコム家と美しいママの血を受け継いだ僕は……」

「はいはい、本来は勇敢で姿かたちも美しいわけね。その話は何度も聞いた」

ユースケはパジャマのズボンを脱ぎながらめんどくさそうに言った。

「それにしては、なんだかコロコロしているし」

「……うるさいな!それは僕はまだ開発途中だから……」

エルモは小声でつぶやき、赤くなって急に不機嫌になった。

「僕の本当の姿のイメージが正しく伝わらないんだ」

「なんだか分からないけど、俺は外出するのに用意するからあっち行っててくれる?」

「で、やっぱりユースケが殺したの?」

その時不意に、ドンドンドンドン、と部屋のドアをたたく音が聞こえた。

「ユースケさん、どうしたの?もう朝食ができてますけど? 誰かいる?」

ドアが開いた。母和子であった。

――まずい、エルモが……。

ユースケは驚いて思わず言葉を飲んでエルモが座っていた方を見たが、椅子には誰も座っていなかった。同時に和子が扉を開けた。

「あら~エルモちゃんだったの。こんな所にいて。ご飯にしましょうかね」

笑顔の和子の足もとを見ると、エルモがしっぽを振っている。

――そうか、俺以外はヤツが外人になった時の姿が見えないのだった……。

ユースケは頭を押さえながら部屋を後にした。

アーバン投資は、少数精鋭の営業チームを組み、主に小金のある個人投資家から金を集めまくり不動産投資で急成長した会社である。

社長は羽振り良く金を使っていたが、従業員に対してはかなり厳しく売り上げ管理を行い、目標に達しなければ容赦なく切るという、まさに独裁者であった。

ユースケが以前働いていたコンサルティング会社の元同僚から西脇社長を紹介され、なぜかユースケは気に入られ、財務や経理のアドバイスを行っていた。

ノーと言えなさそうな雰囲気が気に入られたのではないか、と元同僚はからかっていたが、コンサルタントとしてそれはどうなのか、とユースケは少し落ち込んだ。

四軒目の店では「女の子達」をまわりに何人も座らせて、西脇は豪快に飲んでいたことは覚えている。しかし、かなり飲まされた後はどうなったのかは覚えていなかった。家に帰った記憶が無く、気が付いたらベッドの中で今に至る。

「しかし、俺は絶対に殺していないぞ」

ユースケは地下鉄の窓の外を見ながらつぶやいた。