ユースケは社長が死亡していた雑居ビルの七階に立っていた。

普段はどこからか人の話し声や物音が聞こえてきていたが、休日のせいか妙に静まり返っている。

――現場に来たはいいが、何か手掛かりのようなものが見つかるかと言うと、なかなか難しいよな……

手掛かりを探すために歩き回っていたちょうどその時、エレベーターの扉が開き、大きなダンボールの箱を抱えた篠原が出てきた。

家からそのまま出てきたような犬のプリントが背中についているスウェットで、ダンボールが重いらしく、篠原はたどたどしい足取りで歩みを進めた。

「篠原社長?」ユースケが驚いて声をあげた。

「あ……、この間の!」

篠原は重そうに声を唸らせる。

「すまンけど、ウチの事務所のドアを開けてくれないかね……。ずっと持ってこようと思っていた資料を家から持ってきたんだけど」

ダンボールを持つ篠原社長の顔は汗まみれであった。

「ごめん。暗証番号が必要なんだ……。あれ、えーっと……なんだったっけ……えーっと、4391だっけ……、4392だっけ……。1か2のどっちかだったような……」

「どっちも試してみますよ。いずれかで開くでしょう」

ユースケはゆっくりとボタンを押し始めた。

――ボタンを押すな!

ユースケの頭の中でエルモの叫びが響いた。

しかし既に遅く、ユースケの指先が何かに刺さった。

すぐに指先から頭の先まで激痛が走りその場に倒れこんだ。目の前が暗くなり、同時に全身がしびれとも痛みとも取れない感覚に襲われた。

「う……」

全身がしびれで麻痺していく中で薄目を開くと、そこに別の招かれざる客が立ちはだかっていた。

都丸であった。松葉杖をつき、頭を包帯でグルグル巻きにして腕には患者を識別する名前が入った腕輪がついたままであった。

いつものさわやかな都丸とは全く別人のように目つきは鋭く、暗闇の奧から出てきたばかりの猛獣を思わせた。

「都丸……。お前が社長を……」

ユースケが見上げると獲物をとらえた猛獣は反応し、松葉づえをユースケに振り下ろした。それはユースケの背中を一撃した。

「ぐえっ!」

「おい!」後ろで立ちすくんでいた篠原は思わず後ずさりした。

ユースケは痛みとしびれで意識が遠ざかって行くのを感じた。

「その様子だと、俺が仕掛けた毒針にやられたな」

「やっぱり……お前が……」

都丸はにやりと笑った。まるで地獄から来た使者のような冷徹な笑いだった。

「分かってたんだろ。俺が奴を殺ったんだ」

「何で西脇社長を……」

「ふん……。なんだかバレちゃっているから言うけどさ、おとなしく俺を支店長にしていれば即座に殺すことはなかったんだけど、あいつ調子に乗って俺を使いまくって…。俺もしゃーないから、古巣の銀行の役員に頼み込んで、事業参入の推薦までもらったのに、あいつは、その手柄は自分の営業力だって言って、結局支店長の話はうやむやになったのさ。ナンバーツーの方がイイだろって……」

「どっちにしても西脇社長を殺すつもりだったんだろ?これまでと同じ手口で……」ユースケは激痛にこらえながら言い放った。

都丸は不意ににやりと不気味な笑いを見せた。

「あれ?ユースケさん、そこまで分かっちゃった?ドンくさいヤツだと思っていたんだけど、案外冴えていたんだ。じゃ、これご褒美!」

都丸はさらに松葉づえをユースケに振り下ろした。今度はユースケの腹部を一撃した。ユースケは激痛で声も出なかった。

「やめろ!」

やっとの事で声を出した篠原社長が叫んだ。

「ああ、下の階の社長さんもそこにいたんだっけね。うるさいからちょっとだまっていてくれる?」

都丸はそう言うや否や篠原社長にも立て続けに数回杖を振り下ろした。篠原社長は頭から血を流しぐったりと倒れた。

「僕、病院では痛がっていたけど、あれは演技。ユースケさん、あんまり質問しなくなるでしょ。だって肝心な事いつも遠慮して聞かないからね。ハハハ……」

そう言うと都丸は急に厳しい顔つきになった。

「ま、その点、西脇はあざとい奴だったよ。もともと心臓弱けど、念のため毒が一発でソッコーで効いてくれるように、随分前から少しずつ仕込んだのさ。やつの好きなみかんにだよ!」

都丸はおかしくてたまらない様子で笑い転げた。

「俺の計画通りに暗証番号押してくれるとはな! しかも入念なみかん戦略で、即、心臓麻痺を起こしてくれちゃってオダブツなわけ!しかし……」

都丸は険しい顔になりを見まわした。