その日の夜、哲也から連絡が入った。

確かに都丸は席を外した時間が2時間あり、その間誰も都丸を見かけてはいなかったとのことであった。

さらに、哲也は新たな情報を得たと意気揚々と話した。

それは、都丸が二か月前にシドニーヘ行ったという情報であった。アーバン投資はこれまで国内不動産への投資に特化しており、海外との取引は初耳であった。

哲也から聞き込みをしてほしい、と言われ、ユースケは翌日、再度病院を訪ねることにした。

面会の連絡は入れていないが、受付で簡単な登録をしただけで、許可証であるネームプレートが発行された。

ユースケが病室の前まで来ると、都丸が誰かと電話をしている声が聞こえた。

話の内容までは聞き取れなかったが、日本語ではなく外国語で話をしているようである。

近くにいた看護師が、少し渋い顔をして病室のドアを開いた。

「都丸さん、病室は携帯禁止なんですが……」

都丸は、不意に入ってきた看護師だけではなく、後ろにユースケも立っているの見て、動揺した様子で携帯を切った。

「電話がかかってきたのでつい……」

さわやかに答える都丸に、看護師はうなずくと、満足そうに病室を出ていった。

「真庭さん、また取り調べですか。アポ無しで来られると困るのですが」都丸は怪訝そうにユースケを見た。

「あの、ちょっと聞き忘れたことがあったので、またおうかがいしました」

いつもとは違って威圧的な雰囲気の都丸にユースケは出直そうかと思ったが、ぐっとこらえた。

「今、海外に電話されていましたか」

「え、ええ……。まあ。ちょっと海外から問い合わせがありまして……それが何か?」都丸は口ごもる。

「海外との取引もおありになるとは知りませんでした」

「まあ、この業界は世界情勢にも気を付けておかないといけないのでね。定期的に情報を提供してもらっているんです。で、いったい今日は何の用事なんでしょうか」

「えーっと……都丸さんは英語がご堪能なんですね。それで、三か月前にシドニーへも研修へ行かれていましたよね」

都丸の表情が一瞬変わったが、すぐににっこり笑った。

「ええ、そうですね」

「どういう研修だったのですか」

「シドニーの会社から売上分析ソフトの売り込みが直接あったんですよ。まあ、それが良さそうで、ちょうど先方でもプレゼンを兼ねた研修会を現地で開催するというので、行ったのですが」

「ああ、そういうことですか。オーストラリアはちょうど春くらいの季節ですね。日本と逆ですね。自由行動もあったのですか」

「いやいや、みっちり三日間研修で、先方もこの機会に何とか売り込もうとして我々参加者を一時も離してくれませんでした」

「じゃあ、自由に行動する時間がなかったのですか」

「ええ……。そうなんです。でも、プログラムの最終日は観光でしたよ。そういう接待は抜け目ないですね」

「へえ。いいですね。オペラハウスとかなんとかブリッジとか…」

「ハーバーブリッジです。きれいでしたよフェリーで移動したりして、晴れていてすごく気持ちが良かった。そういう事は役得です」

「フェリーで観光ですか。いや、うらやましいです」

不意に面会時間終了のアナウンスが音楽とともに病院に流れた。なぜか今日は慣れてきたのか会話がスムーズにできる。

本当はもっと会話を続けたかったが、仕方なく立ち上がりふと、ベッドの下を見た。

この間のシューズが無くなっている。

「あれ……あのシューズは…」

「あ、あれですね。あの靴で事故に遭ったわけで、ちょっと縁起が悪いんで、病院で処分してもらったんです。また新しいのを買おうと思っているんです。毎年新製品は出ますし」

そう言って都丸は、最近発売されたばかりの男性ファッション誌の、端が折られた靴の紹介ページをユースケに見せた。都丸の様子はまるで演技をしているようにそつがなかった。

その様子にユースケは少し違和感を覚えたが、看護師が急に面会時間終了と再度知らせにきたため、病室を後にした。

家に戻るとユースケは早速哲也に電話で報告した。

「……まあ、シドニーへ行ったのは研修ということで、裏をとってほしいのだけど、この事自体はそれほどおかしなことではないけど……。うん……。ただ、ちょっと違和感があって……」

ユースケは電話を耳にあてたまま息を吸い込んだ。

「……シューズの雑誌の写真を、わざわざ俺に見せようと用意していたみたいなんだ。まるで演技しているみたく。何でもない事かもしれないんだけど、妙に気になるんだよね…。うん、そうなんだ……」

この報告を哲也以外に聞いていた者がもう一人、いやもう一匹いた。エルモは扉の前で、耳をピンと立てて聞いていたが、話が終わるとすぐに、何かを思い立ったように、部屋を出ていった。