ユースケが最悪の事態を想像しかけた時に、声をかける者があった。

「お前が殺したの? オーマイガッド!」

それは、ユースケの仕事机にキザなスーツ姿で座っていた外国人の若い男であった。ユースケは仰天して叫んだ。

「ちょっと、許可なしに出てくるなよ!」

「日本人ってさあ、公共の場で酔っ払いすぎなんだよね。イギリスでは警察につかまっちゃうよ」

キザ男は天をあおぐようなオーバーな仕草で言った。

――何でまた、次から次へといろんな事が起こるんだ……

痛む頭を押さえて、ユースケはぼんやりとここ数日間に起こった事を思い出した。

一週間前、ユースケの母、和子が犬を家に連れてきたのが事の始まりであった。

犬は死んだ父の弟、つまりユースケの叔父の智樹からしばらく預かった。

智樹は、研究者として若い頃からイギリスに住んでいて、数年に一度来日し、その度に真庭家を訪ねてきた。

ちょうど一週間前も訪ねてきたが、ユースケは出張で不在であった。その時に犬を連れてきたのであった。

「ほら、このワンちゃん白くてムクムクしてかわいいでしょ?とっても人懐こいのよ。もともとスコットランドの犬で……えーっと、何だったかなあ、なんとかテリアっていう、長い名前の犬なのよ!」

和子は白い犬を抱きかかえて言った。

犬の目はまるで黒いボタンのようにまん丸で、黒い鼻をヒクヒクしてじっと見つめる様子は、ぬいぐるみの様に愛らしかった。でも、尻尾を振る様子は、なんだか妙に和子にアピールしているように見えたのだ。

その犬は「ウエストハイランドホワイトテリア」という犬種ではないか? 

……と思ったが、母には長すぎて覚えられそうもなかった。

「でね、名前をつけないといけないと思っていろいろ考えたんだけど『エルモ』ってどうかしら。ほら、ユースケが子供の頃によく見ていた子供向けの英語番組に出て来てたでしょう。英語の国から来たからいいかなあ、と思って」

――英語の国って、あれはアメリカで、こいつはイギリスだからちょっと違うだろ。

ユースケは思ったが、そんな事はおかまいなしに母はあれやこれやと犬の話を続けた。父が三年前に亡くなってから、こんなに嬉しそうな母を見るのは久しぶりだった。