「その、営業の都丸ってやつ、何か怪しくないか」

散歩に連れ出したエルモは人があまり通らない脇道に入ると、すかさず人間の姿に変身した。

「そうかな」

「社長が都丸に東京営業所を任せるって話はユースケ、知らなかったの?」

「うーん……。そうなんだよなあ。そんな話、社長から聞いた事無かったなあ。もしそういう事があれば、あの社長の事だから、絶対言うに決まっていると思うんだけど、飲んでいる時にもそんな事言っていなかったし」

「ふーん。じゃあ、西脇社長がウソついていたとしたら?」

「え?ウソ?」ユースケは驚いてエルモを見た。

「そうだよ。西脇社長がそう言って営業にハッパかけていたかもしれないでしょ」

「あの社長、そこまでやるかな…」

ユースケの言葉を聞いて、エルモがあきれたように叫んだ。

「オーマイガッ! ユースケってどうして本当にお人よしどころかバカでアホでちょっとどうしちゃったの、ってくらい頭の中身がカラッポ?」

「なんだよ突然……。お前それは言い過ぎじゃねえか?」

外国人特有のオーバーなジェスチャーを前にユースケは不機嫌になった。

「だーってさあ、人の会社の前にゴミまくヤツだよ? は? オーレンジの皮を投げるヤツだぜ? そんな『騎士道精神』がコレっぽっちもないやつなんか信用できないだろ?」

「お前……騎士道精神ってさ……。日本人には分からない世界……」

「オーマイガッ! オーマイガッ! じゃ『サムライ』精神でもイイヨ!あーこれだからすぐに信じちゃう庶民はイヤダイヤダイヤダ!」

エルモは興奮しているのか、頭をむちゃくちゃにかきむしった。

「庶民で悪かったな!」むっとしながらもユースケは話を続けた。

「第一、その時間に都丸にはアリバイがある。超大型モールの内装工事現場にいたんだぜ」

「バカッ! ユースケってホントにオバカ!投資会社の『エーギョウ』が現場で何やる?顧客勧誘するか?」

一瞬沈黙が流れた。

「イギリスではそんな器用なエーギョウいないよっ! はー、本当にそれでコンサルタントなの?それでも? ちゃんと聞き出せていないのは思い込みが邪魔してんじゃないの?オーマイガッ!」

痛いところを突かれたこともあり、今度はユースケの堪忍袋の緒が切れた。

「こっちが黙っていればいい気になって! いつも突然現れたかと思うと文句と自慢ばかりか!そっちこそ、騎士道とか言っちゃって、全然そんな風でもないじゃないか!あ?お前こそ、本当にそれで自慢するほどの何とか家の家柄なのかよ!」

「……僕の家の事をバカにするな!」

ユースケの言葉にエルモは恐ろしいほど反応した。

突然頭を低く垂れて歯を剥き出し、下からユースケを見上げた。それは犬が怒った時にする仕草であった。

エルモがユースケに今にも飛び掛かろうとしていた時、急に背後で男の声がした。

「ユースケ! おお、いいところで会った!」

見ると、にこにこと満面の笑顔を浮かべているスーツ姿の気のよさそうな男が立っていた。男は満元徹(まんもととおる)であった。

満元はユースケと哲也の同級生であり、大学卒業後、建設会社に就職し、大阪支店に配属され、そのまま家を離れて一人暮らしをしていた。

思わぬ男に急に声をかけられて、ユースケは凍りついて何も言えないまま立ち尽くした。しかし、エルモはいつの間にか犬の姿に戻り、ユースケにくるりと背を向けて、ダッシュした。

「お、おい、お前の犬か!」

満元の脇を通り抜け、一匹で走り去っていくエルモを見て満元があわてた。

「あいつ……」ユースケは小声でつぶやいた。

「一匹で出て行っちゃうけど大丈夫なの?」

「え? あ、ああ…。家が近いから、一人で帰れると思うよ……」

ユースケは出ていくエルモを横目で追いつつも、脂汗をぬぐいながら無理に苦笑いした。