都丸は頭と手足を包帯でグルグル巻きにされて、右足がつるされた状態でベッドに横たわっていたが、相変わらずさわやかな雰囲気が漂っていた。

案内した看護師もすぐには病室を出ていかずに「今日は具合はいかがですか」などとうっとりとした目つきで都丸に尋ねていた。

都丸はまるでドラマの俳優にようにスマートな物腰で「お陰様で大丈夫ですよ。ありがとう」と、答えた。

ユースケはどうやったらこんな風に演じるようにふるまえるのかと驚きの目で見ていた。

命に別状は無いとのことだったが、車にはねられた後、足の骨と顔の一部を骨折し、長時間話ができないとのことであった。身体を動かすたびにどこかが痛むらしく、時々小さな呻き声をあげていた。

「こんな状態でして……」都丸が申し訳なさそうに言った。

「こちらこそすみません。社長の事でいくつかうかがいたい事がありまして……都丸さんは、営業のエースとして社長とよくお話されていましたよね。何か、社長がお亡くなりになる前に気になる事ってありましたか」

「営業のエースね……」都丸は少し口をつぐんだ。

一瞬沈黙が流れた。

「ユースケさんはご存じかと思いますけど、営業のエースっていったって、ウチの会社では全くヒラ社員同然の扱いです。売上を達成したって、次の年にノルマが上乗せされるだけで、それほど給料が上がるわけじゃないし…」

「確かに、そうでしたね……」

「でも、ユースケさんは経理も見ているから分かっていると思いますけど、お陰様で会社の売上は伸びていて、先月は最高益を達しました。これも社長のご尽力のお陰かと思うのですが、まさかこんな事態になるなんて…」

「そうですね。都丸さんも社長と一緒にずっと頑張ってこられたのですよね」

その言葉に、一瞬、都丸の表情が強張った。しかし、すぐににっこり笑った。

「そうなのです。私がここまでやってこられたのは、社長が、じきにこの東京営業所を任せると仰っていたからなのです」

初めて聞く話にユースケは驚いた。

「え?そうだったのですか?その話は知らなかった。そうか、だったら頑張りますよねえ」

ユースケは、明るい調子で言った。都丸はユースケの反応を確かめているようであった。

「ところで、あの日、都丸さんは結局、宴会には来られなかったみたいですね。僕は相変わらず寝ていたので分からなかったのですが……」

苦々しくユースケが言うと都丸はハッと我に返った様子になった。

「投資先の大型モールが開店する前日だったのです」

「都丸さんがご担当でしたね」

超大型モールは、外資系の大手量販店A社が中心となり、日本を代表する人気小売店ばかりでなく、エンターテイメント施設やスポーツ施設などを併設した、千葉の副都心に年末に鳴り物入りでオープンした超巨大複合モールだ。

「日本の再生はここから」を合言葉にして、首相までもがオープン日にかけつけ演説を行った。今大注目の商業施設だ。

この超大型モールは、投資規模が大きいために、金融機関が何社も集まってシンジケートローンが組まれていた。

その一つにアーバン投資会社も名を連ねていた。ありとあらゆる手を使い、やっと入り込む事ができたと、西脇社長が自慢していたことを、ユースケは思いだした。

「実は、社長の西脇が無理矢理ねじ込んだ、西脇の親戚の内装工事の会社がちょっとヘマをしてですね……。突貫で工事したものですから、指定された棚のサイズが違っていたらしくて、洋服がかけられなくて、急にやり直しになったのですよ。前日にですよ?でまあ、一応、担当ですし、西脇の親戚筋なので、西脇にも報告しなくてはいけない、ということで、急に呼び出されて、現場に行きました」

「宴会の前に急に呼び出されたわけですか」

「はい……。それで、一応明け方まで現場にいて、ある程度目途が立ったので、帰ろうと思って、施設の外に出たら、急に車が突っ込んできて……」

都丸は身体が痛むらしく、無理に笑いを浮かべているようだったが、不意に黙り込んだ。

順調に進んでいたやりとりも、一旦沈黙が流れると、どうにも次の話題が出てこなくなってしまった。

ユースケは、必死で次のネタを探していた。

ふと見ると、ベッドの脇には営業マンに人気があるスポーツアパレルメーカーが作っているウォーキングシューズとビジネスバッグが並べられている。

シューズは、その機能だけではなくデザインも優れているということで、男性ファッション誌にも頻繁に取り上げられている。都丸はスーツ姿のまま車に轢かれて、この病院に担ぎ込まれたのであった。

ユースケが咄嗟にエルモが言っていた「見たままを言え!」という言葉を思い出した。

「えっと……。靴……ですね」

――俺って、何でそのまま言ってんだよ!

咄嗟にそう思ったユースケだったが、都丸は不意に表情を変えた。気まずさを感じユースケは必死で話を続けた。

「あ、いや、靴までこだわるなんて、本当に頑張っておられるんだなあ、と思いまして」

都丸はすぐにいつもの通りさわやかな笑みを浮かべた。
「すぐに靴底がすり減ってしまうので、頻繁に買い換えているんですよ。えーと、これで何足目だったかな。そういえばそのシューズが紹介されていた雑誌があるんですよ。出しましょうか。あ……痛っ……」

都丸は雑誌を取るために腕を伸ばしたが、痛みに顔を歪めた。

「あ、すみません! あんまり長い間お話したら良くなかったですね。もう、今日はこれで失礼いたしますから」

ユースケがあわてて立ち上がった。都丸は少し疲れた様子で笑った。

「こちらこそすみません。こんな状態で…。もう少しお話できればいいのですけど」

「いえいえ、本当にありがとうございました。失礼します」

ユースケはあわてて立ち上がり病室を出ていった。残された都丸の目つきが再び鋭くなった事には気づかなかった。