「ええ、恐らく駆け落ちの直接の引き金は妊娠でしょうね」
火に油を注ぐ結果になりはしないかと麗亜は危惧した。しかし、笹野はぺたんと尻餅を着いたまま天を仰いだだけだった。
「君の言った通りだな、城崎君。僕はリリスに捨てられたアダムだよ」
どこか夢見るような表情でガラス越しに青空を眺める。
「丁度、君くらいだったかな?妻と出会ったのは……。大学のサークルで知り合ってね。登山部だったが仲間達とも色んな場所を旅して、本当に楽しかったよ」
「……奥様だって、その頃の幸福を忘れた訳ではないと思いますよ」
「だから男と旅に出たと?僕は妻の置き手紙で溝口深雪の名前を知ってね。確かに教え子にその名前の覚えがあったが、ずっと女だと思い込んでいた……。だが、妻と深雪の接点がどうしても判らない。僕は教え子を家に招いたのは城崎君、君だけだ」