屯所(とんしょ)から出てすぐ近くにある茶屋で一休みしよう。
 そう提案した本人である十六夜は、茶屋に着くなり早々に姿を消してしまった。
 残ったのは彼の妹と、羅卒(らそつ)の九等警部だけである。


「……」

 中心となって会話をしていた十六夜が消えた途端、美子は黙々と団子を食した。
 団子の甘さに頬を緩めたかと思えば、今度は抹茶の苦さに眉を曲げる。

「……あー。美味いかね?」

 九等警部が困った様子で尋ねれば、美子は甘味を頬張りながら頷いた。

「君のお兄さんはどこに行ったんだね?」

「……多分、電話しに行ったんだと思う」

 美子がもぐもぐと口を動かす様は、さながら小動物。その見目め相まって、周囲からの視線を浴びてしまっていた。
 それでも彼女は黙々と甘味を平らげていく。

「……ねえ」

 静かに食器を置き、九等警部と目を合わせた。

「ん? 何だね?」

「多分後で兄様(あにさま)からも質問があると思うけど、容疑者って浮上してるの?」

 感情の見えぬ瞳で九等警部を射抜く。子供でありながら他者を追い詰める視線は、兄である十六夜とそっくりであった。
 美子はそれすらも当たり前とした態度で、彼を瞳に捉える。

「──ああ、いる」

 九等警部は観念したのか、嘆息だけを吐き捨てた。

 それを聞いた美子はピクリと眉を動かす。
 水の入っていない洋杯(コップ)に目をやり、給仕の娘を捕まえて水を足せと要求。そしてお品書きにある甘味を、余すことなく注文していった。

「死体の身元すらわかっていないのに?」

 美子が鋭い指摘をすれば、九等警部は無言で頷く。

 洋杯の中にある氷がカラン。

 他の客たちのお喋りすらも、今の二人には空気ですらなかった。それほどまでに纏う空間が平穏とは程遠いものの証しでもあった。

 美子は茶屋の出入口に、ふっと視線を流す。けれどそこには最愛の兄の姿はなく、ただ、嵐山の日常だけが映し出されていた。

「……確かに、身元不明のままだ。部下たちが懸命に捜索してくれてはいるが、何分顔がない。だがな?」

 張り詰めた空気が一転。九等警部がしたり顔になる。

「我々羅卒を甘く見ないでいただこうか。人間関係等の、目に見える物を探すのはお手の物だ」

 覚えておきたまえと、鼻高らかにふんぞり帰っていた。

 美子は彼の態度に業を煮やさすことなく、無表情のまま水を飲む。
 若干、眉がひくついてはいる。けれど兄のためと言い聞かせ、黙って彼の話を聞くことにした。

「おっと。話が反れてしまったな。すまん、すまん」

 九等警部が謝罪するのを確認すると、美子はそっぽを向く。

「遺体については鋭意捜索中だが、容疑者については三人浮上している」

 右手の指を三にし、美子に見せた。
 美子は彼の説明を静かに聞くことを選び、じっと指を目で追う。

「一人は渡し船の従業員。名は【結城(ゆうき) 佐之助(さのすけ)】。この男は客からの評判が悪く、素行にも問題がある」

 それと殺人を犯すまでの経緯まではまだ掴めてはいない。ただ問題のある人物だけという理由で浮上したのだと、愚痴ごちる。

「二人目は人力車の従業員。名は【牧村 修三(しゅうぞう)】この男は一人目とは正反対の性格でな。品行方正というのか……悪い噂すらない」

 それでも容疑者として浮上するからにはそれなりの理由があるのだと、自信なさげに説明をした。

 曖昧な感じになってしまっている答えに、美子は口を尖らせていく。
 けれど好奇心の方が勝っているのか、彼女は最後の容疑者の情報を要求した。

「三人目はトウキョウから来たと言っている中年の男。名は【久川 雄助(ひさかわ ゆうすけ)】。俺はこの三人目が怪しいと思っている」

「……? 何で?」

 今までの彼は、自分の勘を優先しなかった。それなのに突然三人目では勘を頼るなど、美子からすれば違和感にしかなっていない。
 彼女は小首を傾げ「どうしてそう思うの?」と、口を開きかけた──


「二人共。お待たせしてしまったようで……申し訳ありません」

 ──その直後、どこかへと行っていた十六夜が戻ってきた。
 彼は重たい空気を放つ二人のいる席へ平然と近づき、美子の隣へと座る。

 美子がどこへ行っていたのかと尋ねれば、彼は……

「九等警部。遺体の身元が判明しました」

 美子の質問には答えず、己が取得した情報だけを提示していった。
 九等警部は驚きながら立ち上がる。

予想していた通り(・・・・・・・・)、遺体は──」

 垂れてくる髪を耳にかけ、細長い指を唇に添えた。その一つ一つの仕草が様になっていて、給仕の娘や他の客までもが魅入ってしまう。
 けれど十六夜はその視線に馴れたら様子で淡々と答えを出していった。

「──行方不明になっていた、染め物屋の娘でしたよ」