◇
もう一人の高橋、萌乃の家は俺と同じ地域にある。
左衛門家を後にして二人並んで歩きながら俺はなんとなく気になったことを言った。
「なあ、推理小説で、探偵の助手がネタを仕込むなんて、一番ダメなやつだよな」
「どういうこと?」
怪訝そうな顔をしている萌乃に、俺は尻尾にあんこの入っていない鯛焼きを作ってもらえるように頼んだ話をした。
萌乃は鞄を後ろにまわして、お尻を突き出しながら俺の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫。心配ないわよ。これは推理小説ではなくて、ピュアなラブストーリーだから。クレームは来ません」
なんだそりゃ。
「それにね……」と、萌乃は右手の人差し指を立てた。「あんたは真相を勘違いしてるのよ」
真相?
どういうことだ?
すると萌乃は人差し指を振りながら片目をつむった。
「尻尾に栗が入っていたのはなぜでしょうか」
さあ、なんでなんだ?
さっぱり分からない。
萌乃は一歩前に踏み出してからくるりと振り向いた。
「では、謎解きをいたしましょうか」
はあ?
謎解き?
おまえは探偵じゃなくて美少女怪盗の役だろうが。
いやいや、美少女でも怪盗でもないか。
高橋萌乃が胸を張る。
「あんたさ、さっきあたしがすぐ後ろに並んでたのに気がつかなかったでしょ」
「フードコートで?」
口元に笑みを浮かべながらうなずく。
「あんたが変な注文しているのを聞いちゃってたのよ」
全然気がつかなかったぜ。
本当にちびっこいやつだな。
神出鬼没なところだけは怪盗らしいか。
あくまでも美少女ではないけどな。
「店員さん、あんたに鯛焼きを渡すときになんて言ってた?」
「ええと、尻尾にあんこの入ってないやつだって」
「それ以外は?」と、萌乃が首をかしげる。
なんかあったっけか。
思い出せない。
「探偵の助手のくせに、注意力も記憶力もないじゃん」と萌乃が笑う。「まあ、それがあんたのいいところだけどね。名探偵の助手っていうのは、ちょっと的外れな推理で話を複雑にするのが役目だもんね」
なんだよ、俺は助手になったつもりはないぞ。
「だからさ……」と、萌乃が鞄を振り回して俺の尻にヒットさせた。「ちょっとオマヌケでちょうどいいって言ってんのよ」
萌乃に馬鹿にされたところで思い出した。
そうだ。
店員さんの言葉に気がつくべきだったのか。
『変わったお嬢さんですねえ』
俺は尻尾にあんこを入れない鯛焼きを頼んだけど、左衛門のお嬢様のことは一言も言ってないんだったっけ。
「やっと気づいたみたいね」
萌乃が真相を語り始めた。
「あたしね、あんたがマコっちゃんのところに駆けつけたときに、お店の人に事情を話して『尻尾に栗を入れておいてください』って頼んでおいたのよ」
そういうことだったのか。
「尻尾に栗を入れれば、その分、火の通り具合もちょうど良くなるでしょ」
なるほど。
だから作ってもらえたってわけか。
「まあ、サービスでただでもらえるとは思わなかったけどね」
「なんでまた、そんなややこしいことを」
「だって事件を起こすのはあたしでしょ。なんてったって神出鬼没の美少女怪盗なんだから」
美少女でも怪盗でもないだろうが。
そこらへんの平凡な女子高生だろうに。
「でも、あんたはあたしに感謝するでしょうよ」
「なんでだよ」
「だって、助手がネタを仕込んだらズルだって心配してたけど、『実は怪盗が犯人でした』って、当たり前の推理小説になったでしょ」
あ、本当だ。
そうか、これで本当にすべて丸く収まるのか。
悔しいけど、間違いなくこいつのおかげだ。
「なるほどな。怪盗だってことは認めてやるよ。美少女じゃないけどな」
と、ふと気がつくと、萌乃の姿はどこにもなかった。
通りがかったおばちゃんが不思議そうな目で俺を見ている。
いや、あの、美少女って、違いますから。
なんだよ、神出鬼没の怪盗気取りかよ。
よけいな恥をかいたじゃないかよ。