「昔さ、俺が教えていた小学校のクラスで、今と同じようにいじめがあったんだ。原因はよく分からないけど、男の子二人が女の子を一方的に攻め続けていたんだ。それだけで胸糞悪くなったっていうのに」

黙って僕はその言葉に耳を傾けた。
聞き流す言葉ではないと、そんな気がした。

「まあ実際にいじめがあったのはその子達が五年生の時で、俺がそのクラスを持つ一年前に起きたらしんだけどさ。いじめられた女の子は完全に心を閉ざして、教室には現れずに保健室でずっとカウンセリングを受けていた。担任だから時々顔を合わせに行ったけど、人見知りが酷くてな。殆ど相手にしてもらえなかった。きっと担任だった俺の顔なんて覚えていないだろうな」

寂しそうに語る烏羽先生の手は震えていた。
きっと悔しかったのだろう。

本来なら教室に居るべき生徒が、真っ暗な表情で保健室に居る。
烏羽先生も早く授業を教えたいのに、『卒業』と言う時間制限を迎えて顔すら覚えてくれなかった彼女の存在に、烏羽先生は心の中で叫んだような悔しさが滲み出ていた。

「その子がどうなったのか、その先はよくわからない。今だったら高校三年生くらいか。就職とか進路決まったのかな?って言うか学校ちゃんと行けているんだろうかあーほんと」

『胸が痛くなるぜ』烏羽先生は最後にそう言った気がした。
そしてそれは僕も同じだった。

僕はこのまま中学校を卒業して高校生になれるのだろうか。
途中で不登校にならないのだろうかと考えたら、胸を締め付けられるように痛かった。

って言うか、今が不登校にならないか心配だ。
未来より今が心配だ・・・・。

「あーそうだ。そうだった、思い出した」

「えっ?」

「お前の姉ちゃんのに前、山村紗季(ヤマムラ サキ)だよな?俺が担任だったクラスの生徒ではなかったけど、いじめられていた女の子のいる保健室に行った時、いつもお前の姉ちゃんが居たっけ。『身体が弱くてずっと保健室登校』って言ってたな」

その言葉を聞いた僕は呆然としていた。
烏羽先生がお姉ちゃんの事を知っていた訳じゃない。

そのいじめられていた女の子、何となく誰だか分かった気がして、空いた口が塞がさなかった。
茜さんの過去は正直言って知らない。
お姉ちゃんと茜さんとは、小学校の保健室で出会ったと聞いたことがある。

ただそれだけで『保健室に籠る少女は茜さん』だと感付いた。

前に樹々さんが言った『現状維持のピアノの上手な不器用な女の子』も、茜さんのことだと思った。

でも何があったのか分からないから、僕はあの時首を傾げたのだ。
薄々そんな予感はしていたけど。