(転) 青春時代 (2) 宇宙進出


 『寝落ち椅子』の『介護&生活生存ケア』用の。
 数多の個別調整対応で蓄積された、
 ノウハウを注ぎこんで。

 『汎沐』(はんもっく)シリーズが発表された。

 今までの小型有人宇宙船設計では。
 『個室』スペースの確保は難しく。
 『寝室』は無重力空間の釣り寝袋で原則雑魚寝。
 いびきも寝言も夢精もつつぬけのプライバシーの無さだ。

『選ばれた』超絶優秀な天才スタッフだけが宇宙に行けるという。
 悠長な時代なら、それでも良かった。

 しかしもはやそんな余裕のある豊かな時代ではない。

 口が悪かろうが協調性が無かろうが盗癖があろうが。
 セクハラ野郎だろうが、男嫌いの陰険女であろうが。
 頭脳さえあるなら、とにかく宇宙へ移住を!
 という、時代だ。

 開拓宇宙作業船内における『個室』スペースの。
 確保は、喫緊の課題であった。

 一方で。

 どの船にも『緊急射出用個人型生命維持装置槽』(通称:棺桶)の。
『乗員人数分設置』は、義務づけられていた。
 普段はそのスペースは余白の無駄空間だった。

「そこで。」

 と、CM番組で土岐真扉(とき・まさと)と由利士郎(ゆり・しろう)の。

 名物、天才美少年・学生起業コンビが…
 微笑む。

「今までの『共同寝室』スペースは不要になりました!
 なぜなら『寝落椅子』改良型『汎沐』(ハンモック)なら!
 普段は寝室兼生活用個室として使用し。
 緊急時には、そのままライフバッグとして。
 射出されて宇宙を漂流教室!
 …できるからです!」

 乗り込んでいた船や、棲み着いていた基地が。
 もしも、壊れたら。

 今までのように、着の身着のままでライフポッドに駆けこんで。
 後で失った大事なもの…家族写真やへそくりの財布や…を、嘆いたり。

 はたまた、大事な宝物を急いで取りに戻って。
 結果として逃げ遅れて、死亡してしまったり…
 しなくて、いい。

『総員緊急退避ッ!』と、言われたら。
 ただ、棲み慣れた自分の寝床に駆け戻って跳び込んで。
「頭から布団をかぶって」震えていれば…

 いいのだ。

 射出は自動制御だ。
 デブリ避けの航路選定も、自動でやってくれるから。

 揺動が収まり、震動が収まり、無重力空間のなかで…
 沈黙に、耐えられなくなったら。

 太陽光発電が使える状況なら。
 遠距離救難信号と一緒に。
 一般通話回線だって…開けるし。

 それがダメでも。
 大事な持ち物の数々と一緒で。
 聴き慣れた音楽が聴けて…
 撮り溜めた録画の数々でも、観ながら。

 気を落ち着けて…
 自分の寝床で。

「必ず救助が来る!…と。

 信じて、待っててくれさえすれば… いいんです!」


     *


 それに、『自動帰還システム』搭載なので。
 最後の射出ポイントから、最短コースで…
『月面周回軌道』近傍まで。

 戻るベクトルに…
 乗せられてる、はず。

「最長で三か月間! 救助されるまで正気を失わず生存可能!

 という実験結果が出ています!」…と。


     *


 既存の宇宙船建造メーカーはこぞって一斉にこれに飛びついた。

 もはや製造が。
 弱小新興起業『銀河映遊電設』一社だけでは、
 追いつかないことは明白で。

 トキは気前よく、破格の安値で『特許使用権』を広く頒布した。

 この発売を記念して。

 社内では『宇宙進出!』と呼ばれる。


     *


 その驚異的な『特許権販売』の売り上げを注ぎ込んで。
 記録的な速さで、新研究工場が建設された。

 次の発表までは、今までになく…
 数ヶ月間の… 空白期間があいた。


     *


 まずは新開発の新素材が発表された。

 そして、その素材の特性をフル活用した、

『ニッティング工法』と…
 実装機『編み姫』(あみき)。

『ジップアップ工法』と…
 実装機『綴じ姫』(とじき)。


     *


 全世界の技術者が。

 あっ! と、

 どよめいた。


     *


 それはもちろん既存の技術概念から大きくはずれたものではなかった。
 むしろ地球上の二十~二十一世紀に実在した、某国の某器具や某文具に。

 原案はそっくりだった。

 しかし。

 スペースデブリ対策に。
 宇宙船建造の省力化に。
 月面基地建設合理化に。

 転用しよう、という発想力は…
「さすが!」と。
 人々をうならせた…。

 新素材の名称が『己癒貴』(みゆき)と決められたのは。
 その形状が基本「… 糸、だから?」
 …というトキたち製造陣の説明に。

 日系の古老たちだけは即座に含みを理解して、ふふふと微笑んだ。


     *


 溶融原料状態の『みゆき』を。
 整備が完了した『あみき』に充填して。
 月面上の、
 目標地点まで走らせる。(遠距離の場合は、運ぶ。)

『あみき』は、八本脚のクモに似た形状をしている。

『アミちゃん』という愛称を、トキは説明動画で連呼していたが。

 定められた直系分の真円形に。
 まずアミちゃんは月面を歩きながら『糸』をうねうねと吐き出していく。
 最初の地点に戻る。

 アミちゃんが最初のうねうねの山の部分に、次の糸を搦めて。
『編み込みながら』前の糸を登って歩いていって…
 また一周して。

 元の地点に戻ったら、二段目を、編みながら…
 また這い昇って。
 編み編み、歩いて行って…
 ぐるぐると。

 当初充填された量だけでは足りない場合には。
 途中で『ミユちゃん』を『アミちゃん』に。
 補給する必要だけは、あるが。

 ほぼ全自動で…
 半円形のドームが!

 月面に、
 短期間で…
 編み上がる!

「で、ここからが肝心で…」

 編み上がったニット帽の形の骨組みの上から。
 今度は、天幕状に。
 隙間なく、布状になるように。
 広げて…

 ミユちゃんを、散布する。

 次いで床にも一面に分厚く。
 ミユちゃんを…

 散布して、敷きつめる。

 接合部を厳密に圧着して。
 気密性と保温性が確認されたら…

 人間が。

 中に入って…
 宇宙服を脱いで…

 居住スペースの骨組みを。
 ぱっと広げて固定して…。

 内装建築作業に、すぐに取り掛かれる…。

(この業務には、宇宙作業者資格の取得は必要なかった!
 地上からの移住者が、即、就職できた!)

 驚異的に。
 月面移住基地拡張工事の進捗スピードが上がった


     *


 『ジップアップ工法』はこの応用だった。

 『アミちゃん』を宇宙空間まで連れて行く。
 しかし重力が無い場所では、アミちゃんは上手に円を描くことが出来ない。

 とりあえず糸を吐かせる。
 アミちゃんの横幅分の。
 細いリボンを編ませる。

 その、長く伸びた『包帯』を。
『トジちゃん』こと『綴じ姫』が…

「中身がカラっぽの透明人間のミイラを。巻いて造形するがごとくに…」

 と、ユリ・シロウは表現したが。

 宇宙空間に。
 渦巻き状に。

 巻いて、巻いて…
 ぐるぐるに巻いて…

 その綴じ目を、ジッパー式に。
 並べて。
 綴じこんで。

 綴じ付けていく…

 短期間で。
 これも、ほぼ、全自動で。
『葉巻型宇宙船』の外郭構造が…

 編まれて。
 綴じ上がる…。


     *


 この場合、『綴じ姫』と『みゆ姫』の最大の、活用点は。

 一旦『糸』として固着して、『帯』として膜状化が完成されると。
 どんなスペースデブリや隕石の急襲にも耐えて『跳ね返せる』弾力性と。
 耐塵性。
 そして。

 既存の宇宙船や宇宙基地の周囲にも。
 短時日で。

 あらためて『みゆき』の『糸』を。
 編んで、張り巡らせて。

 デブリ対策を。
 強化できる…

 その、点だった。


     *


 外郭の老朽化に伴い。
 日々にデブリ崩壊の危機に怯えて暮らしていた。
 旧来型のスペースコロニー移民は。

 泣きむせんで、この技術発表を歓迎した。

 むろんトキは喜んで格安で。
 技術使用権を。
 すべてオープンにした。

 短時日のうちに。

『宇宙生活の安心!』は、一挙に普及され、人々に笑顔が拡がった。


     *


 社内では、これを『第二の宇宙進出』と呼んで。

 記念日を祝うことにしている。