(承) 学生時代 (2) 同居家族
この時期の、忘れてはならない、新しい出来事として。
「家族!」と、トキが呼んだ。
二匹との、出会いがある。
宇宙都市『3PS』では、一般人の受け入れ開始と同時並行して、大量の動物たちをも運び入れていた。
野生生物たちは、「可能な限り、生態系まるごと」を目標として『自然環場』に収められたが。
長い歴史のなかを人類と共に暮らしてきた、いわゆる『伴侶動物』『使役動物』たちのうち。
元の同居人家族とは、死別なのかか生別なのかで、はぐれて保護された、比較的小型の動物たちは。
一時保護施設で保菌検査や健康状態のチェックを経て。
移住生活もそろそろ落ち着きはじめた、新規移住者たちを相手に。
出会いの場たる『もふもふ合コン』(いわゆる譲渡会)が、あちこちで次々に開かれた。
むろんこの会は、人と伴侶動物たちを引き合わせるだけでなく。
同じ動物を愛好する人間同士の出会いとコミュニケーションを醸成するための場。
でも、あったのである…。
(有名なエピソードとしては。
一匹の愛らしい猫の飼い主たらんとして、その『猫様』の寵を競いあった二人が。
結局、熟年男女で同居して、猫様を『お子様』としてお迎えする…という結論に至った。
などなどの。ほほえましいものが数々遺されている。)
トキがこのころ間借りしていた『天才児学生寮』(通称《変人寮》)は、もちろん動物同居可だった。
トキは幼い頃にほとんど小動物と触れあった経験がなく。
始めは憧れ半分の、おっかなびっくりで『もふもふ合コン見学』に、出かけていたのだが…。
ある時。
一匹の…犬が。
成犬だった。老犬というほどではなかった。
落ち着いた風情の…
何かを諦めたかのような…達観した、眼をした…
静かなたたずまいの。
猟犬の血を引くのであろう。
賢そうな…
犬だった。
トキは一目惚れした。
ぜひとも家族になって!
というよりもむしろ『師!』として仰いで、教えを乞いたいような。
そんな、気分になった。
その頃には『もふもふ合コン』の『常連見学者』と呼ばれていたくらい。
足しげく通うだけで、なかなか相手の決まらなかった彼の。
初めての、一目惚れ!
…に。
仲介スタッフたちは大喜びで。
監視器用の軽い首輪と柔軟なロープだけ付けて。
すぐに、トキに彼を渡した。
トキは大喜びで、彼を寮に連れ帰ろうとした。
彼は…
抵抗した。
ガンとして地面に貼り着き、動こうとしない彼に。
トキは涙目になって…
目線を合わせて…
地面に這いつくばって…
尋ねた。
「え~と… ぼくのこと… 嫌い…??」
犬の返答はその否定であった。
…と。
その頃はかなり動物たちのボディランゲージを判読できるようになっていた、と、トキは後に書く。
『着いて来い』と、態度で。
あきらかに。
命令口調で。言われたと…
そして。
*
犬は堂々と。
迷わず歩いて行った。
そこは隣接する『猫のもふもふ合コン会場』だった。
「…あッ!? だめよ! 犬さんは! こっちに入っちゃ…!!」
スタッフが慌てて制止した。
犬は、ぴたりと、停まった。
「え? す、すいません… えぇと… なに?なに?」
おろおろするトキを。
ちらりと、見上げて。
犬は。
…吠えた。
「おん!おん!おん!」
正確に、三度。短く。
「…ぅにゃう~ん…! うにゃにゃ!
うなな!
うにゃにゃにゃにゃ~…ッ!!!」
激しい、返答の声がした。
はるか…
彼方から。
「え…ッ?! ムクちゃんが…? 喋った!」
「ど、どうしたの、ムクちゃんッ?」
「だめよ! 怪我するわよ! そんなにひっかいたら、…爪がッ!」
「ワン!ワン!ワン!」
「…ぅにゃう~ん…! うにゃう~ん!
うにゃにゃにゃにゃう~ん…ッ!!!」
トキは慌てて反対側の出口に廻って。
犬と一緒に、猫エリアの外側から。
首だけ突っ込んで。
「その猫を!」と、…叫んだ。
ほどなくして、事情を了解したスタッフたちが。
猫をキャリーに入れて、ダッシュで運んできてくれた。
「…ワォ~ン…!!!!!」
「んにゃにゃにゃ!
んにゃにゃにゃにゃ!
んにゃにゃにゃにゃ~…ッ!」
種族を超えて。
彼らが。
最愛の『家族』同士の、…再会を、果たした。
のである。
ことは…
誰の眼にも、明らかだった。
トキも。
一緒にもらい泣きした。
居合わせた、すべての人々が…
笑って…
泣いた。
*
後に聞いたところによると。
「無口のムクちゃん」
「ムクレのムクちゃん」と、スタッフから呼ばれていた…
彼女は。
美麗な外見と、血統書付き!(遺伝子検査で判った)の。
有利さにも関わらず。
どんな人間が「あなたと同居したい!」とトライしても…
頑として。拒み続け…
受け入れなかった。そうだ。
『猫もふ会』と『犬もふ会』は、原則それぞれ別の場所で。
別のサイクルで…
開かれるから。
その日、その時、その場所で。
たまたま偶然、
二種同時の『もふ会』が開かれて。
とはいえ。
おもに猫サイドの安心感情をおもんぱかって、はるか彼方…
少なくとも、百メートルは離れていた。のだが…
あいかわらず、頑として人間を無視して。
一言も鳴かなかった、…猫の。
『今日、いまそこに、彼女がいる!』 ということを…
犬とはいえ、よく嗅ぎ分けた、ものだ…
と、トキは後年たびたび語った。
*
そして丁度、その時。
やはり「飼い主を選んで?」拒否し続けていた…
彼を。
トキが…
外に連れ出して…
そして。
「これはもう、運命だよね?!」
…と。
家族三匹が。
(人間である自分も入れて、トキは家族を『匹』で数えた)
揃った!
…と。
トキの動物愛好者たる一面を語るエピソードとして。
ファンのすべてには、広く知られ尽した話では、ある。
*
犬は英国系の猟犬血統複数のMIXで、名前はさんざんトキが悩んだ挙句、
試しに『アレックス!』と、
「呼んでみたら、返事をしたから。」と。それに決まった。
猫はなんと呼んでも返事はしなかった。
何かがお気に召さないらしかった。
しばらくは『お姫様!』と呼んで同居していたが…
一時期の、トキにとって最初の人間の、性的接触行動を伴う異性の友人…
いわゆる『初彼女』…が。
「アレックスの相方なら、アレクサンドラでしょ!」
と断言したので。
「サンドラ」または「サンダー(雷)姫様」
もしくは「女帝」「雷帝」「雪の女王」エトセトラ。が…
彼女の、愛称になった。
*
銀白の長いもっふもふの毛並みを誇る…
たいそう、誇り高い姫様であったと…
直接に知るひとびとは、語る。