(起) 幼年時代 (3) 生育環境
通称『3PS』(スリーピース)と呼ばれる巨大人工宇宙島は。
その名が示すとおり、大きく三つの部分に分かれる。
第一に建設されたのが『最初のP』と呼ばれる、『PORT』(宇宙港)の部分。
第二に設置されたのが『支えるP』と呼ばれる、『POWER』(駆動部&工場)部分。
第三に増築されたのが『第三にして真のP』の、『PEAPLE』(居住区)の部分。
だった。
正式名称は(英語圏では)
『The PORT of The PEAPLE’s POWER 』。
設計施工は『星雲基金』(ネビュラ・ファンド)推進機関の、実質的な首脳陣各位が請け負い。
資金源である施主は…『FIFS』(フィフス)と名乗ることもある、
『人類救済委員会』だ。
つまり、全人類の、希望の人工星…だ。
トキは、正式に『仮親』となってくれたジン・ルイフェンや、仕事仲間たちに連れられて。
最初は『3PS』建設委員会の本拠地だった地上の南米基地で暮らし。
次には建築中の『PORT』の作業要員が寝泊まりする、
仮設の隣接施設『POP-UP』の。
有重力エリアで育った。
当然だが、他にはほとんど同年代の子どもなどいなかった。
ひたすら、大人たちの緊迫した日々の船外作業や。
追加で至急の設計変更における怒号と混乱のディスカッションや。
突発事故対応や遺体や宇宙葬の悲惨さ…の。
なまの現場を観て。肌で感じて。
学んで、育った。
大きな事故や、悲劇的な事件なども多かったが。
建築の手が停まることは、一刻だとてなかった。
早く…
早く!
一日でも、一秒でも
早く…
地上の、人類と、全生命の…
(せめて種子や遺伝子だけでも!)を…
保護したい!
働く人々は、それだけを願い、集まった、
…ボランティアたち。
だった。
仲違いもトラブルも多かったが。
一触即発のような状況になった時でも、
…ふと。
地上の…
荒れ果てた、姿を、眺めおろすと…
おとなたちは一気に冷静になり。
「ここで言い争ってる場合じゃないな…!」と。
意見のすりあわせポイントを必死で、探して。
譲歩しあい、
止揚させ…
話し合いで。
解決して。
建築を、進めた。
それを、トキは、まじかに…
観て、育った。
*
トキがそろそろ十歳になろうかという頃。
『3PS』の『最後にして最大のP』が。
ようやく、完成した。
以後の運営主体である『FIFS』への引き渡し式典と。
盛大な、打ち上げパーティーと。
即座に。
めまぐるしく送り込まれ始めた…
大勢の、避難民の…
最初期の、『宇宙移民』の。
一般人の。
ひとびと。
トキはその人たちとコミュニケーションをとる方法が、最初よく分からなかった。
今まで周囲にいた、いずれ劣らぬ『天才肌』の大人たちとは…
なにもかもが、違っている、ようだったので。
*
「…残念だけど、そろそろお別れの、時期かな…?」
続く『月基地建設』計画へ向けて。
慌ただしく移転の仕度を始めたジンに。
ある日、言われた。
「きみはちょっと急いでオトナになり過ぎた。
ここらでいっぺん、時間を巻き戻して。
遊ぶとか、さぼるとか、昼寝をするとか。トモダチをつくるとか…
そういうのを、学んでみる、番だよ?」
「…ジンもそうだったの?」
「…え?」
「ジンは? オトナになる前に… コドモ、やったの?」
「…う~ん…」
五年間の育ての親は。
実年齢にはまったく見合わない若々しい外見の、
若々しい仕種で。
大仰に悩んでみせた。
「やったと言えば… やったかなぁ…。
友達、は、出来たねぇ…
失恋も、したりとか…」
「そうなんだ?」
「うん。まぁ… 今のぼくの基盤になる経験というか…
青春というか? は… した。ねぇ…」
「ふ~ん…」
「大事な、思い出だよ。きみにも、そういうのを、体験しておいてほしいなぁ?」
「そうなんだ…」
「とりあえず、新設される『3PS』の『俊秀英才学院』内に『複数学年スキップ級』(天才児クラス)が出来るから。
きみさえよければ、すぐにも編入手続きを、するけど?」
とりあえず、数年でもいいから。
同年代の人や、一般的な知能指数の人たちとの。
交際のしかたや、『一般常識』を…、学んで。
それで、もし僻地での、天才仲間まみれの。
閉鎖的な環境の中での暮らしのほうが、向いていると思ったら。
就職は、月面開拓や辺境開発に、…したらいい。
そう、言われて。
しばらくの、お別れの、つもりで。
笑って。
月面基地建設のための仮設宿泊施設に向かう、ジン達、育ての親たちを、
見送って…
以後、直接に会う機会は。
ついに、なかった。