アタシは、後ろからガツンと頭を殴られたような気分だった。
 そうか。外国というものの存在を完全に忘れていた。新撰組という組織の身近に起こる出来事だけで、頭がいっぱいだった。
 幕末の日本を取り巻く状況は、京の町の治安維持がどうこうという小さな範囲では、確かに説明も解決もできない。
 開国を迫る欧米諸国との関わりの中で、徳川幕府の古い体制のあり方が問われて、日本じゅうが新時代へのうねりに呑まれている。これは、そんな時代なんだ。
「勝は、欧米諸国に対抗できる国力を、日本の中に育てようと考えている。だから、今は国内で戦をしている場合じゃない。国内の混乱を収められるなら、どんな手段でも使うし、誰とでも手を結ぶ。それが勝の行動原理だ。勝の頭の中に、新政府と旧幕府の区別はない」
 沖田さんが眉をひそめた。
「でも、斎藤さん。新撰組は、会津の殿さまの刀だったはずだ」
「オレは、会津の殿さまが嫌いじゃない。感情の上では、あの人の刀だった」
「でも、キミは勝海舟の意図も知ってた。そうでしょ?」
「……オレは、勝のコマの一つだ。腹心でも何でもない。掃いて捨てるほどいるコマの一つであって、勝の考えのすべてなんて、わかりようもなかった」
 沖田さんは斎藤さんに詰め寄った。
「すべてはわからなくても、いろんなことを察していたんじゃない? だって、斎藤さん、ひどく物知りで事情通だよね。土方さんの間者だからだと思ってたんだけど、違ったんだ。勝海舟に教わってたんだね?」
「両方だ。土方さんに、あれを探れ、これを探れと命じられて」
「探ったことを勝海舟にも報告していた? あの白いハトを飛ばして、勝海舟が新撰組というコマを動かしやすいように?」
「……否定はしない」
「今回の甲州への出撃は? 負けるってわかっていたんだろう? 何のために新撰組は負け戦に向かわなきゃいけなかった?」
 沖田さんの金色の目に、赤黒い光が躍っている。牙が、爪が、ギラリとした。斎藤さんは言い訳するように、揺れる声で告げた。
「行き先が甲州である必要はなかった。新撰組が江戸からいなくなればよかった。勝と西郷が会談をする間、新撰組という火種を新政府軍から引き離す。それだけが勝の目的だった。負け戦によって力をそがれたのは、勝にとって一石二鳥の、ただの結果だ」
 近藤さんが言っていた。新政府軍から江戸の町を守らねば、と。近藤さんは新政府軍と戦う気まんまんだった。しかも、新政府軍は、新撰組を目の敵にしている。両者が鉢合わせたら、争いは避けられない。勝海舟にとって、新撰組の存在は邪魔でしかなかったんだ。
 沖田さんが斎藤さんの胸倉をつかんだ。その右手の甲に、赤黒い円環が完全な姿を現している。
「甲州で負けてから、新撰組はどれくらいの犠牲をこうむった? 誰かがケガをして、誰かが脱落して、誰かが死んじまったんだろう? 全部ちゃんと教えて。答えてよ、斎藤さん!」
 観念する様子で目を閉じた斎藤さんが、言った。