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それを確かめるチャンスは翌日すぐにやってきた。
退屈な午後イチの授業で、右隣の姫君は左利きのくせに今日もまた机の左側に消しゴムを置いていた。
髪の毛には昨日買ったパステルホワイトのパッチン留めがはまっている。
俺のパッチン留めは胸ポケットにはない。
教科書のページにはめて、眠りに落ちても閉じないように栞代わりに使っている。
家に置いてこようか迷ったんだが、中途半端な妥協の結果がこれだ。
自作自演の名探偵殿の消しゴムは、断崖に追いつめられた犯人のように机の端にある。
落ちろ、落ちろ、と念じているときには落ちないくせに、俺がうとうとし始めた途端に、いつもの乾いた音が聞こえてきた。
おっと、やっとチャンスが巡ってきたか。
まったく、俺が惰眠をむさぼろうとするとすぐに邪魔が入るんだからな。
消しゴムを拾い上げて隣の机に戻しながら、俺はなにげないふりを装って尋ねた。
「なあ、これさ、中に何か書いてあるのか?」
意外なことに、お嬢様はパッチン留めに手をやりながら鷹揚にうなずいた。
マジかよ。
書いてあるのかよ。
「ご覧なさい」
「いや、見たら悪いからいいよ」
「では、当ててみなさい。助手の名誉にかけて」
正直、面倒くさい。
余計なこと聞くんじゃなかったな。
あいつにそそのかされたのが間違いだったんだ。
俺は頭の中に思い浮かんできた高橋萌乃のニヤけ顔を、呪い文句で振り払いながら考えた。
「ああ、ええと、シャーロック・ホームズだろ」
「なにゆえ?」
もちろん、ただの当てずっぽうだ。
だが、当て推量は認めてもらえないだろうな。
俺は適当な理由をでっち上げた。
「名探偵に憧れてるから……とか」
「ハズレ」
彼女は微笑みを浮かべると、ケースを外して俺の手に消しゴムを握らせた。
え?
案外柔らかい手で、そのぬくもりにちょっとびっくりした。
開いた俺の手のひらには、『ワトソン』と書かれた消しゴムがのっかっていた。
なんだよ、そっちかよ。
「なんで助手に憧れてるんだよ。名探偵のくせに」
彼女がパッチン留めを一度外して付け直した。
「そういう鈍感さは嫌いではありません」
はあ?
「名探偵の引き立て役としての適度な鈍感さ。それを持ち合わせた助手は最高の相棒だと言ったのですよ」
「ちょっと何言ってんだか分からない」
彼女は左手の人差し指を立てた。
「初歩だよ、ワトソン君」
名探偵殿は今日もご機嫌でなによりだ。
(完)