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三人でショッピングモールを出て家に向かう。
俺と萌乃の家は同じ地域にあって、左衛門家はここからだと途中になる。
龍のようにうねった枝振りの松の木が覆い被さった巨大な門が見えてきた。
左衛門家のお屋敷だ。
「じゃあ、マコっちゃん。また明日ね」
「ええ、萌乃さんもお気をつけて」
軽く頭を下げてからお嬢様は俺の方を向いた。
「今日はごちそうさまでした。たいへんおいしゅうございました」
「どういたしまして」
「では、また明日。ごきげんよう」
「おう」
通用口の扉を押してお嬢様が屋敷の中へ入っていく。
俺ともう一人の高橋は並んで歩き出した。
「ねえ、さっきから気になってたんだけどさ」と萌乃が俺の左胸を指さした。「それ何よ」
無理矢理買わされたパステルピンクのパッチン留めだ。
やばい、付けっぱなしだった。
外すのを忘れるとは痛恨のミス。
まさかこんな形でピンチになるとは。
やっぱり探偵団バッジなんか付けない方がいいんじゃないのか。
「いや、なんかさ、あいつに買わされたんだよ。あ、違う、これはあいつが買ったんだった。俺が買わされたのはあいつのだ」
焦る俺の顔を下からのぞき込みながら萌乃がニヤけている。
「へえ、おそろなんだ」
「ちげえよ。あいつのは白」
「へえ、そうなんだ」
そう言ったきり、なぜか萌乃は追及しようとはしなかった。
交差点の赤信号で立ち止まったとき、自称美少女怪盗が右手の人差し指を立てた。
「では、謎解きをいたしましょうか」
はあ?
謎解き?
「どういうことだよ」
「推理小説には謎解きがつきものでしょう」
「なんだよ推理小説って」
まあ、いいじゃないと笑みを浮かべながら高橋萌乃が胸を張る。
こっちはかなり成長しているらしい。
背は小学生並みのくせに。
「お集まりいただいた皆様に真相をご説明いたしましょう」
いやいや、俺一人だし。
しかもおまえは探偵役じゃなくて、美少女怪盗だろ。
いやいや、美少女でも怪盗でもないか。
信号が青に変わって歩き出す。
高橋萌乃が尋ねた。
「今日マコっちゃんはどんな推理をしていた?」
「おまえがショッピングモールに行って、百円ショップに寄ってから二階の手芸屋に行くとか。あと、フードコートでアイスを食べるって言ってたか。全部当たったよな」
「なるほどね。では、その推理の根拠は何でしょうか」
「知らねえよ。『今はまだ言えない』とかって、名探偵気取りではぐらかしてたからな」
高橋萌乃が立ち止まる。
「今日の昼休みにね、あたしのスマホにマコっちゃんから占いが送られてきたわけよ」
占い?
鞄からスマホを取り出して画面を俺に示す。
『今日のラッキーワード。ショッピングモール、百円ショップ、鉄道模型。この三つがそろえばおいしいアイスが食べられるでしょう』
なんだこれ、今日の行動そのまんまじゃないかよ。
「あたしは占い師の予言通りに行動したわけよ。だから名探偵のお嬢様は百発百中でご満悦ってわけ」
「それ占いじゃないじゃん」
「そんなことないよ」と高橋萌乃が首を振る。「だって、はやりのアイスがただで食べられたんだから、結果、ラッキーだったでしょ。予言的中」
あ、本当だ。
いやいや、なんか納得いかないぞ。
「自作自演かよ。このコンプライアンスの厳しい時代に」
「では、ここで本物の問題です」
問題?
「なんだよ。俺は名探偵じゃないぞ」
助手でもないしな。
「左衛門のお嬢様はなぜこんな手の込んだ方法を使ってアイスを食べに来たんでしょうか」
「さあな、気まぐれだからだろ。放課後の退屈しのぎだったんじゃないか」
高橋萌乃は右手の人差し指を振りながら片目をつむった。
「当て推量は認めませんよ」
なんだよ、おまえまで口癖をまねしやがって。
「わかんねえよ」
「本当に?」
「まったく」
どういうわけか、俺の気のない返事に満足したらしく、もう一人の高橋は深くうなずくと、俺の胸ポケットにはまったパッチン留めを一度外してからまたはめた。
「それ、ちゃんとはめておきなよ」
「ソッコー外すに決まってるだろ」
「女子からのプレゼントなのに?」
いや、ちげえし。
無理矢理あいつのを買わされて、ついでにこれを押しつけられたんだろうが。
「そんなもんじゃないし。探偵団のバッジのつもりなんだってよ」
「だから、相棒との絆の印でしょうが」
「何言ってんだか全然分からねえよ」
「その鈍感さがあんた唯一の取り柄だね」
なんだよそれ。
再び歩き出して、俺は尋ねた。
「なあ、探偵が実は犯人でしたっていうのは、推理小説では一番ずるいやつなんじゃないか」
「大丈夫よ。これはピュアなラブストーリーだから。クレームは来ません」
さっきは推理小説だって言ってたじゃないかよ。
「ちょっと何言ってんだか分からない」
彼女は俺の言葉には反応せずに、少し首をかしげてため息をついた。
「マコっちゃん、不器用だからね」
なんだよ急に。
まあ、その通りだけどな。
「そうなんだよな。しょっちゅう消しゴム落とすしな」
「消しゴム?」
怪訝そうな顔をする萌乃に、俺は左利きの姫君と消しゴムの関係について説明してやった。
「へえ、そうなんだ」となぜかニヤけ顔で俺を見ている。「ねえ、女子の消しゴムって、好きな男子の名前が書いてあるじゃん」
「そんなの今時、小学生だってやらないだろ」
「さあ、どうだか。今度さ、拾うときに確かめてみたら」
「いいよ。別に興味ないし」
「ホントかなあ」
何ニヤけてんだよ。
「まあ、ほら、名探偵の弱みを握るチャンスだと思ってさ、見てみなよ」
弱みねえ。
あのお姫様に弱みなんかあるとは思えないけどな。
それに、下手に弱みなんか握ったりしたら、左衛門家の総力を挙げて潰されそうだ。
東京に逃げても国家権力とかで消されるかもしれない。
触らぬ神に祟りなしだ。
「ていうかさ、おまえは消しゴムに男子の名前なんて書いてあるのか?」
ふと気がつくと、もう高橋萌乃はいなくなっていた。
通りがかったおばちゃんが不思議そうな表情で俺の顔を眺めている。
神出鬼没の怪盗気取りかよ。
とんだ恥をかいたじゃねえかよ。