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フードコートには新しいアイス屋さんが入っていた。
確かついこの間までは丼物のチェーン店だったんじゃなかったっけか。
「このアイス屋さん、すごい話題になっててね。まさか近所にできるとはね」と高橋萌乃がメニュー看板を隅から隅まで眺めている。
左衛門のお嬢様はそんな萌乃の様子を見ながらなぜか満足げにうなずいている。
まさか、これも左衛門一族の力だというのか。
「じゃあ、あたしは『山盛りはみ出しナッツ』のカップにするね」
「では、わたくしも同じ物をいただきましょう」
俺は素直に二人分のお金を払った。
財布には痛手だが、この二人に貸しを作っておくのも今後のためになるんじゃないかと計算したのだ。
テーブルについた女子二人はご機嫌に写真を撮り合っている。
「はい、じゃあ、あんたも入りなよ」
高橋萌乃がアイスを挟んで俺とお嬢様をフレームに収めて、もっと寄れと手で指示している。
なんで俺まで入らなくちゃいけないんだよ。
「溶けちゃうから早くしなって」
はいはい、分かりましたよ。
カシャカシャカシャカシャ……。
なんで連写なんだよ。
「はい、なかなかいいじゃん。ほら」
萌乃が示したスマホの画面を見てお嬢様が満足そうにうなずく。
て、俺には見せねえのかよ。
まあ、興味ないけどな。
溶けるとか言ったくせに、お互いに撮った写真を見せ合って、なかなか食べようとしない。
女子のやることはよく分からない。
いただきまあすとようやく食べ始めたかと思ったら、萌乃がおかしなことを言い出した。
「マコっちゃんが名探偵で、あんたが助手。じゃあ、あたしさ、尾行されてたんだから、犯人役ってことだよね」
まあ、そうかもな。
「なんかかっこいいよね」
そうか?
「ほら、探偵小説には名探偵にふさわしい華麗なるライバルがつきものでしょう。美少女怪盗とか」
え、どこに美少女がいるって?
迷い犬みたいにポスターでも貼らせてもらうか。
ああ、この街には電柱がないんだった。
フードコートにはアルバイト募集のチラシが並んだ掲示板しかないな。
「ちょっと、何キョロキョロしてんのよ」
「なんでもねえよ」
そんな俺たちのやりとりを聞いているのかいないのか、左利きのお嬢様はナッツの山を崩しながらアイスを楽しんでいる。
ぽろぽろとアーモンド・クラッシュがこぼれる。
「あら、ごめんあそばせ」
「ほら、使ってよ」と萌乃がティッシュを差し出す。
「ありがとうございます」
姫君はテーブルの上にこぼれた粒を拭き取った。
「食べにくそうだな」
「そんなことはありません」と言いつつ、またこぼしている。
不器用だな。
「マコっちゃん、先に真ん中を掘って、そこにナッツを落としながら食べれば外にこぼれないよ」
「なるほど、さすが萌乃さんですね」
「えへへ、ほめられちゃった」
考えてみればこうやって三人で放課後に遊ぶのは初めてだった。
中学のときはそういう発想すらなかったな。
ちょっと高校生っぽい感じが悪くなかった。
二人もアイスに満足したらしく、和やかな時間が過ぎていった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
食べ終わって高橋萌乃が立ち上がる。
「そうですね」とお嬢様もうなずいた。「尾行は失敗でしたが、おいしい物がいただけたので、今日のところは良しとしましょう」
ああ、そうですか。
それは何よりですよ。
姫君のご機嫌が良ければ俺の高校生活は安泰だ。