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店を出て辺りを見回したけど、もちろんもうすでにターゲットの姿などどこにもなかった。
「尾行どころじゃないじゃないかよ」
慌てている俺に向かって名探偵殿が左手の人差し指を立てた。
「大丈夫です。二階の『ヨザワヤ』にいるはずですから」
ショッピングモール二階フロアの半分に入っている手芸屋チェーンだ。
しかし、なんでそんな推理が成り立つんだ。
根拠は何なんだよ。
「どうしてあいつが『ヨザワヤ』なんかに用があるって分かるんだ?」
「今はまだ言えません。行けば分かります」
言えよ、今すぐ言えよ。
なんでもったいぶってるんだよ。
そんなところだけ名探偵気取りで困ったお嬢様だよ、まったく。
しかし驚いたことに、根拠は不明なくせに自信満々な名探偵の後について二階へ行ってみると、本当にターゲットは手芸屋にいた。
でも、高橋萌乃が見ているのは手芸用品ではなかった。
巨大なガラスケースの中に展示された鉄道模型のジオラマを眺めているのだった。
「いいですか、趣味の殿堂『ヨザワヤ』は手芸用品だけでなく、ああいった模型用品も扱っているのです」
プラモデルの積んである棚に隠れながら、隙間から様子をうかがう。
「しかしまあ、あいつにこんなのを見る趣味があったとはね」
「女子はドールハウスのようなミニチュア模型が好きですからね」
まあ、そういえばそうか。
たしかにこのジオラマ模型はヨーロッパ風で、情景の中を鉄道がゆったりと走り、街にいる人たちのにぎわいまで再現されていて、一つ一つにストーリーが感じられて俺が眺めていても飽きない。
鉄道マニア向けというよりはテーマパークのミニチュアみたいで、幼稚園帰りらしい子供連れの若いお母さんも見入っている。
「わたくしの家にも七段飾りのドールハウスがあります」
それ、雛人形のことか?
一通り楽しんだのか、高橋萌乃がジオラマ模型を離れていく。
「探偵、次はどこへ行くんでしょうか?」
本当は全く興味などなかったんだが、名探偵殿の顔を立てるために俺はわざとらしく質問してやった。
「そうですね」と彼女は左手の人差し指を立てた。「フードコートへ行くでしょう」
ヨザワヤのすぐ前がフードコートだから、そりゃあまあ、そうだろうな。
通り抜けるだけだとしても、行くことに変わりはない。
こんな推理なら、誰でもできる。
ていうか、外す方が難しい。
「問題は何を食べるかですね」
イヤミのつもりで聞いてみた。
「萌乃さんはアイスを食べるでしょう」
ほう、なんで分かるんだ?
成り行きを確かめようと俺たちもヨザワヤを出たとき、横から声をかけられた。
「まあ、真琴さんじゃありませんこと」
「あら、おばさま。お久しぶりでございます」
どうやら左衛門一族の親戚らしい。
「おばさま、腰の具合はいかがですか」
「ええ、もうすっかりいいのよ。それより……」とおばさんが俺の方を見た。「ええと、真琴さん、こちらの方は……、あら、もしかして……、カレシ?」
はあ?
違いますよ。
いきなりの展開に慌ててしまって、思わず名探偵の助手ですなんて名乗りそうになってしまう。
うまく言葉が出てこない。
「た、ただの……、ど、同級生です」
「あらそうなの。お似合いだと思うわ」
いや、だから、あのさ、お嬢様よ、そっちからも何か言えよ。
ところが肝心の時に姫君はなぜか頬を赤く染めてうつむいてしまいやがった。
言えよ、今すぐ違うって言えよ。
なんなんだこれ。
「お邪魔だったかしらね。じゃあ、またね、真琴さん」
「はい。おじさまにもよろしくお伝えください」
誤解されたままでいいんだろうか。
明日には街中に変な噂が流されていそうで怖い。
左衛門ネットワークの力は偉大だ。
『ピンポンパンポン、市民の皆様にお知らせします。真琴お嬢様に悪い虫がつかないよう、皆様の見守りと情報提供をお待ちしております』なんて防災無線で放送されたりしたら終わりだ。
「なんでちゃんと説明しないんだよ」
少しばかり俺が抵抗の意思を示すと、お嬢様は肩をすくめてみせた。
「探偵小説にもロマンスの要素があっていいではありませんか」
余計だろ。
「尾行をしていたら角でぶつかって、それが恋の始まりなんて、ロマンティックじゃありませんか」
なんじゃそりゃ。
「相手とぶつかったら尾行失敗でしょうが。ていうか、後ろをつけていたのに横から出てくるって、イリュージョンじゃあるまいし。空間がゆがんでるじゃんか。ユークリッドもびっくりだろうよ」
「あなたは何を言っているのですか。名探偵の助手ならもっと論理的に話しなさい」
「いや、そっちが、でしょうが」
思わず声が大きくなってしまった。
フードコートの奥の方で高橋萌乃が辺りを見回している。
しまった。
隠れなくてはと思ったときにはもう目が合っていた。
姫君が俺をにらみつけた。
「何という大失態。名探偵の助手失格ですよ」
なんならクビにしてくれて結構なんですけど。
姫君はいきなり俺の肩を両手でつかむとくるりとターンさせて向かい合わせになった。
「何するんだよ」
「壁です。そう、壁になりなさい」
お嬢様は俺を挟んでもう一人の高橋から隠れようとしている。
いや、無理だろ、これ。
もう手遅れだって。
次の瞬間、俺の脇腹に突きが入った。
オウッ!
思わずビクッとなって、お嬢様を挟むように両腕が前に突き出てしまった。
フードコートのど真ん中でエア壁ドン体勢だ。
「ちょっと、お二人さん。何密着してんのよ」と俺の背中で高橋萌乃の声がする。
ちげえよ。
俺は壁で、壁ドンなんだよ。
自分でも何言ってるんだかよく分からない。
お嬢様が俺の腕から抜け出してもう一人の高橋に話しかけた。
「やれやれですわ。やはり頼りない助手でしたわね」
「助手って、何の?」
「名探偵のですわ。事件がないので尾行の練習をしていたのです」
「あたしを? へえ、そうだったんだ」
意外なことに、高橋萌乃はすんなりと説明を受け入れているようだった。
こんな説明で分かるなんて、こいつの方がよっぽど名探偵なんじゃないのか。
まあ、中学以来のドタバタ関係だから、今更って感じなんだろう。
「ねえねえ」と高橋萌乃がもう一度俺の脇腹をつつく。「じゃあさ、尾行任務に失敗したんだから、あんたのおごりでみんなでアイス食べようよ」
「なんでよ」
まったく、とんだ災難だよ。
「仕方がありませんね」とお嬢様まで同調し始めた。「萌乃さんに断りもせずに尾行をしたのですから、お詫びをせねばなりませんね」
自分で始めたくせにこれだよ。
二対一では勝ち目がない。
じゃあ、決まりねと高橋萌乃が手をたたく。
「ちょうど新しくできたアイス屋さんを試してみたかったのよね」
「それはわたくしも楽しみですわ」
まったく探偵ごっこはもう終わりですか。
あれ?
ていうか、さっき『アイスを食べるでしょう』って予想していたよな。
なんだよ、結果的に推理が当たったってことかよ。
まぐれにしてもすごいな。
仕方がない。
おごってやるか。
まあ、これくらいなら必要経費ってやつだ。