「小鳥遊栞菜」は芸能事務所に入る時、子供らしさや可愛らしさを考慮して母が考えた芸名だった。
勿論、学校の友達は本名を知っている。ネットで検索をかければ、私の本名は載っているかもしれない。けれど、自ら業界人に教えたことは一度もない。「髙梨環奈」と「小鳥遊栞菜」は私の中では別人だ。
どんな女の子にもなれる私は「小鳥遊栞菜」だけど、普通の女の子である私は「髙梨環奈」だ。
それがいつからか混ざって、思考が混乱して、奏世に対して「髙梨環奈」も冷たくあしらうようになってしまった。
「俺は、いつもかんなを見ているよ」
私の質問には答えず、そう言って奏世は微笑む。
奏世は、役者としてではなく一人の男の子として「環奈」を見ていてくれたの?
それならば私は、奏世に対してあんな台詞をぶつけてしまった。
「ごめんなさい。私、奏世に酷いこと言った」
「ううん、こっちこそ追い詰めちゃってごめん」
頭にぬくもりを感じる。ずっと追いかけてきた小さな男の子は、いつの間に私より大きくなって、頭を撫でられるほどの身長差になったのだろう。
素直に謝れたからか、それとも撫でられたことに安心したからか、涙が頬を伝う。
「映画の撮影が全て終わったら、全て話す。その代わり、環奈に一つだけお願いがあるんだ」
「お願い?」
「撮影期間だけでもいい、俺に素直になって。これは、役者の俺からのお願いでもあるんだけど」
「分かった。ごめんね、もう意地は張らないよ。私も、撮影が終わったら思っていることちゃんと話す」
初めて奏世と素直に会話が出来た瞬間だった。
意地を張るのはもうお終い。鎧を脱げば軽いことに、今更気付けたの。
彼は槍も剣も持っていない。心の内奥をついたって、武器は出てこない。
出てくるのはただ、砂糖菓子のように甘い言葉と温かいベールだけ。透徹した眼差しに、私はもう構えない。


  ▽


あれから数日後。映画のイメージショットやポスター撮影がやってきた。
映画のタイトルに入っているだけあって、スタジオには数えきれない照明が用意されている。
私と奏世に用意された衣装は、とても柔らかい色味の洋服。髪型は、全体的に緩く巻いてもらった。奏世は大人っぽさを出すためか、髪色がソフトブラウンに染まっている。黒髪に定評のある奏世だが、茶色に染めても様になる奏世はとてもじゃないけど高校一年生には見えない。