異例とも言えるデビューの早さに、世間はより一層彼に注目する。私に向けられる目は分かりやすく減った。
そして、「人気子役」だの「天才子役」だのの名前は見事に彼にかっさらわれた。
この時私は小学校中学年。一般的に男の子より女の子の方が精神年齢が高いと言われるのも手伝い、子供らしいという点で彼が現れる前から注目度はどんどん下降していた。
そんな中での彼の登場は、もうトップの座を譲ってしまうのは自然のことだった。世間の求める子役が、私から彼に移る瞬間だった。
「……ねえ、ママ」
「ん?なあに、かんちゃん」
この頃の母は、私の仕事に関してあまり口を開くことはなかった。
私が彼の存在に脅かされていることは、きっとお見通しだった。だから母は、彼の出ている番組があればさりげなくチャンネルを回していた。
でも、私は初めて思った。
「まきおかかなせ君の出てる番組も、全部ろくがして」
ぴたり、母の包丁を持つ手が止まった。
「え、かんちゃん……」
「かなせ君、私の初めてのライバルにするの」
今までライバルはいなかった。運に良く恵まれ、初めからまるで一人勝ちのような生活を送って慣れてしまっていた。ひたすら努力すれば、ずっとトップにいられると思った。
けれど初めて、同じ土俵に立つ、いやむしろ私を追い抜くほどの子が現れた。やっと現れたのだ。
それならば私は今ここでベクトルを変えなくちゃいけない。ベクトルを、ライバル――牧丘奏世――に向けなくちゃいけない。
初めて私に屈辱を感じさせた彼を、初めてのライバルに認定する。
私はいつか必ずこの雪辱を果たす。
彼の実力を素直に認める。だから彼の演技からも勉強する。
彼をいつかまた、必ず追い越す。
「……すっかり負けず嫌いになったのね」
そうだ、私は負けることが大嫌いだ。
演技の世界は私が初めて夢中になれたものだから、これだけは譲らない、譲れない。
いつの日か必ず――……。
▼
「……かんな?いくらなんでものぼせるわよ」
「あ……」
気が付けばドラマのエンドロールが流れている。ということは、一時間近く回想に浸っていたのか。
「今、上がる」
長時間つかっていたら流石に指先がふやけた。少しのぼせていたので、持ち込んだミネラルウォーターを飲み干す。
ああ、冷たい。
過去を反芻し、思わず熱くなっていた心もそっと冷やした。