「で、件の家にお邪魔して、赤点対策をしていたら、私の夕食をすっかり忘れていたと」
「はい・・・そうです・・・」
隆さんはシチューを食べながら、取り調べのように淡々と会話を進めていく。
今日の献立は時間がないこともあり、ミックスベジタブルを使った即席シチューだ。それだけだと具材が淋しいので玉ねぎと鶏むね肉を加えてはいるが、調理時間は20分とかからないのでこういう時には重宝しているメニューである。
「話は分かった。学生の本分は学業なので、そこも仕方ない。しかしだ!私の夕飯もそれと同じくらい大事なものではないのか!食事は人間が生きる上で必要不可欠だぞ!」
「だから、それは本当にすみませんでした・・・まさか僕もあそこまで勉強会が長引くとは思わなかったんですよ。僕の集中力が切れる方が先だと思っていたので・・・」
「それはそれでいささか問題があるのではないか?」
正直、僕もあそこまで机に向かって数学を勉強したのは高校に入学して初めてだったかもしれない。学校の授業を聞いているよりも何故か数学が面白いと感じたほどだ。
「まぁ、過ぎたことは仕方ないが、集中しながらも周囲のことに気をつけておけるようになるのも今後、必要なことだぞ。特に君が父親のような写真家になりたいと考えているならな」
「そうですよね・・・でも、たまには隆さんが手料理を振舞ってくれても・・・」
「素材だけを食べたいのなら良いぞ」
「いえ、僕が作ります・・・」
これは固い意志のもと、何があっても料理はしないという目をしていた。まぁ、1人分作るのも2人分作るのも、手間はあまり変わりないのだが、僕がいなくなった時にこの人はどうするのか少し心配になる。この心配は後に現実になるのだが、それはまた別の機会に話すことにする。
「それで何か収穫はあったのかい?ただ勉強をしていただけではあるまい?そもそも勉強会が目的で西家へ行ったのではないだろう?」
「まぁ、そうなんですけど。収穫という収穫はこれといって・・・ただ何となく違和感を感じたくらいで」
「違和感?どんなところにだ?」
「西さんのお祖母さんの部屋を調べてくれと言われたんですが、部屋に入った瞬間に言葉で表現しづらいような感じがあったんです。部屋に漂う雰囲気というか、それが何なのか分かる前に部屋から出なければならなくなって、肝心な部分が分からず仕舞なんですけど。直感的に何かが不足しているような感じが・・・」
そう、あの部屋には何かが足らなかった。ベットに仏間、物が少ないのは気にならなかったにしても、もう1つあるべきはずのものがあの部屋にはないように感じた。
「ベッドに仏間か・・・そこは西の祖母の部屋で間違えなかったんだな?」
「はい。西さんがそういって案内してくれましたし、間違いはないかと」
「ならば、その違和感というのは女性の部屋だからこそあるはずのものだ。特に年配の女性ならば、嫁入り道具で持たされた人も少なくなかったろう」
「何なんですか?それは?」
「化粧台だよ。もしくは姿見だな。西家は貸衣装屋なのだろう?姿見は店の方にあるのかもしれないが、女性の部屋で化粧ができる場所がないのは不自然だ。特に古くから続いている家の者なら化粧台を使用している人は少なくない。なかったにしても女性は何かと身だしなみを気にするものだからね。化粧品やそれを使用できるような机などがないのはおかしい。そのベットの下に荷物などは置かれていたかい?もし、そうなら話は少し変わるが」
「いえ、ベットの下には何もなかったですね。部屋に入ってすぐ目に止まりましたけど、物を収納できるタイプのベッドでもなかった気がします」
言われてみれば、あの部屋には化粧をできる場所などはなかった。ただ・・・
「化粧道具も店の方にあるということはないですか?貸衣装屋なら尚更、そちらの方が自然なのでは?」
「それも考えられるが、君は従業員が個人的に使ったものを自分に使われて良い気分になるかい?勿論、化粧品は試してみなければ分からないこともあるから自分で試してから客に提供することはあるだろう。だが、古株の店なら尚更そういうものは表に出さずに試すものだよ。うちの店でもたまに簡単な化粧をすることはあるが、その場合も私自身が使ってみてからお客には新品を使うようにしている」
「なるほど」
確かに店の人の使いかけを客に提供するのは失礼か。特にそれを専門に扱っている店ならどうしても気に掛ければいけないことだ。
「まぁ、この推測は真の話を聞いた上でのものだから、私が実際に見たら変わるかもしれないことだけどな。人の直感というものはその人でしか分からないものだし」
「それを言われると今の話がほぼ意味がなくなるのでは・・・」
「意味はあるさ。少なくとも件の部屋の内容は知ることはできたし、真は違和感を感じたという事実を共有できたのだからな。西への報告はひとまずさっき話した件をぶつけてやれば、何かしら反応があるだろう」
「そんなもんですかね?」
「私たちは警察ではないし、ましてや小説に出てくる名探偵でもないんだ。こういう事は可能性を一つひとつ解決していくしか事は進まないよ」
隆さんはそう言うと空になった皿を差し出して、おかわりを要求してきた。話をしながらも食事の手を止めない辺りは流石だと思う。僕はシチューのおかわりを隆さんに渡すと、自分も食事を再開した。今はとりあえず夕飯を片付けてしまおう。
夕飯を食べ終え、隆さんは食後の一服、僕は皿を洗って、明日の朝ごはんの仕込みをしてから帰宅することになった。
帰宅後、西さんにメールで勉強会のお礼を連絡しつつ、隆さんと話したことを報告した。
「今日は何だか変な神経を使ったせいか、異様に疲れたな・・・」
独り言を言いながら、連絡を終えた頃には22時を過ぎており、早々にベッドに入り込んで眠りについた。
「はい・・・そうです・・・」
隆さんはシチューを食べながら、取り調べのように淡々と会話を進めていく。
今日の献立は時間がないこともあり、ミックスベジタブルを使った即席シチューだ。それだけだと具材が淋しいので玉ねぎと鶏むね肉を加えてはいるが、調理時間は20分とかからないのでこういう時には重宝しているメニューである。
「話は分かった。学生の本分は学業なので、そこも仕方ない。しかしだ!私の夕飯もそれと同じくらい大事なものではないのか!食事は人間が生きる上で必要不可欠だぞ!」
「だから、それは本当にすみませんでした・・・まさか僕もあそこまで勉強会が長引くとは思わなかったんですよ。僕の集中力が切れる方が先だと思っていたので・・・」
「それはそれでいささか問題があるのではないか?」
正直、僕もあそこまで机に向かって数学を勉強したのは高校に入学して初めてだったかもしれない。学校の授業を聞いているよりも何故か数学が面白いと感じたほどだ。
「まぁ、過ぎたことは仕方ないが、集中しながらも周囲のことに気をつけておけるようになるのも今後、必要なことだぞ。特に君が父親のような写真家になりたいと考えているならな」
「そうですよね・・・でも、たまには隆さんが手料理を振舞ってくれても・・・」
「素材だけを食べたいのなら良いぞ」
「いえ、僕が作ります・・・」
これは固い意志のもと、何があっても料理はしないという目をしていた。まぁ、1人分作るのも2人分作るのも、手間はあまり変わりないのだが、僕がいなくなった時にこの人はどうするのか少し心配になる。この心配は後に現実になるのだが、それはまた別の機会に話すことにする。
「それで何か収穫はあったのかい?ただ勉強をしていただけではあるまい?そもそも勉強会が目的で西家へ行ったのではないだろう?」
「まぁ、そうなんですけど。収穫という収穫はこれといって・・・ただ何となく違和感を感じたくらいで」
「違和感?どんなところにだ?」
「西さんのお祖母さんの部屋を調べてくれと言われたんですが、部屋に入った瞬間に言葉で表現しづらいような感じがあったんです。部屋に漂う雰囲気というか、それが何なのか分かる前に部屋から出なければならなくなって、肝心な部分が分からず仕舞なんですけど。直感的に何かが不足しているような感じが・・・」
そう、あの部屋には何かが足らなかった。ベットに仏間、物が少ないのは気にならなかったにしても、もう1つあるべきはずのものがあの部屋にはないように感じた。
「ベッドに仏間か・・・そこは西の祖母の部屋で間違えなかったんだな?」
「はい。西さんがそういって案内してくれましたし、間違いはないかと」
「ならば、その違和感というのは女性の部屋だからこそあるはずのものだ。特に年配の女性ならば、嫁入り道具で持たされた人も少なくなかったろう」
「何なんですか?それは?」
「化粧台だよ。もしくは姿見だな。西家は貸衣装屋なのだろう?姿見は店の方にあるのかもしれないが、女性の部屋で化粧ができる場所がないのは不自然だ。特に古くから続いている家の者なら化粧台を使用している人は少なくない。なかったにしても女性は何かと身だしなみを気にするものだからね。化粧品やそれを使用できるような机などがないのはおかしい。そのベットの下に荷物などは置かれていたかい?もし、そうなら話は少し変わるが」
「いえ、ベットの下には何もなかったですね。部屋に入ってすぐ目に止まりましたけど、物を収納できるタイプのベッドでもなかった気がします」
言われてみれば、あの部屋には化粧をできる場所などはなかった。ただ・・・
「化粧道具も店の方にあるということはないですか?貸衣装屋なら尚更、そちらの方が自然なのでは?」
「それも考えられるが、君は従業員が個人的に使ったものを自分に使われて良い気分になるかい?勿論、化粧品は試してみなければ分からないこともあるから自分で試してから客に提供することはあるだろう。だが、古株の店なら尚更そういうものは表に出さずに試すものだよ。うちの店でもたまに簡単な化粧をすることはあるが、その場合も私自身が使ってみてからお客には新品を使うようにしている」
「なるほど」
確かに店の人の使いかけを客に提供するのは失礼か。特にそれを専門に扱っている店ならどうしても気に掛ければいけないことだ。
「まぁ、この推測は真の話を聞いた上でのものだから、私が実際に見たら変わるかもしれないことだけどな。人の直感というものはその人でしか分からないものだし」
「それを言われると今の話がほぼ意味がなくなるのでは・・・」
「意味はあるさ。少なくとも件の部屋の内容は知ることはできたし、真は違和感を感じたという事実を共有できたのだからな。西への報告はひとまずさっき話した件をぶつけてやれば、何かしら反応があるだろう」
「そんなもんですかね?」
「私たちは警察ではないし、ましてや小説に出てくる名探偵でもないんだ。こういう事は可能性を一つひとつ解決していくしか事は進まないよ」
隆さんはそう言うと空になった皿を差し出して、おかわりを要求してきた。話をしながらも食事の手を止めない辺りは流石だと思う。僕はシチューのおかわりを隆さんに渡すと、自分も食事を再開した。今はとりあえず夕飯を片付けてしまおう。
夕飯を食べ終え、隆さんは食後の一服、僕は皿を洗って、明日の朝ごはんの仕込みをしてから帰宅することになった。
帰宅後、西さんにメールで勉強会のお礼を連絡しつつ、隆さんと話したことを報告した。
「今日は何だか変な神経を使ったせいか、異様に疲れたな・・・」
独り言を言いながら、連絡を終えた頃には22時を過ぎており、早々にベッドに入り込んで眠りについた。