「ダメ。こっそり空き部屋を調べなくちゃ」
「悪いけど、ひとりで行くというのなら、力尽くで止める」
 翔平が腰を低くして身構えた。柔道の有段者ではあるが、凛子に勝てるかどうか。
 ゴクリと唾を飲み込んだとき、凛子がじりっと後ずさった。
「公務執行妨害で逮捕するわよ」
「だったら、キミが民間人に捜査情報を漏らしたことを話すまでだ」
 翔平は凛子を見つめたまま、一歩下がってドアの前に立った。出入り口を塞いでしまえば、外に出るには翔平を倒さなければならなくなる。彼女はどうするだろうか。普段から鍛錬を怠らない凛子と、カップラーメンばかり食べている翔平。どちらのほうが強いか。
 翔平の額にうっすらと汗が浮いた。身構えたまま凛子と睨み合う。だが、翔平の方がひとまわりも背が高く逞しい。はったりでもいいから、ひるんではいけない。
 翔平は凛子から目をそらさなかった。
「……」
 そのままでは埒があかないと思ったのか、やがて凛子が構えを解いた。
「……わかった! そのかわり、空き部屋のドアを開けたらすぐに下がってよ。中を調べるのは私がするから!」
 翔平は小さく頷いて肩の力を抜いた。そして、棚を開けて、フックにかけていた鍵の束を取り出した。一度咳払いをして、入り口のドアを開ける。
「今空いているのは三〇二号室と一〇五号室です。一〇五号室は角部屋なので、窓がほかの部屋よりひとつ多いですよ」
 客を案内する大家らしく、愛想のいい声だ。凛子は翔平に話を合わせる。
「でしたら、先に一〇五号室を見せていただけますか?」
「わかりました。こちらへどうぞ」
 翔平は探偵事務所の前を通り、共用廊下を歩いて突き当たりを目指す。一〇一……一〇二……とひとつずつドアの前を過ぎるたびに、緊張が強まり、鼓動が高くなる。やがて、一〇四号室を通り過ぎて翔平は足を止めた。
「今開けますね」
 そろそろと進んで一〇五号室の鍵穴に鍵を挿した。凛子は横の壁にピタリと身を寄せる。
 翔平は大きく息を吸い、凛子に目で合図をすると同時にドアを開けた。ガランとした1Kの室内は、カーテンの掛かっていない窓から明かりが差し込み、なにもない部屋の中が見渡せる。手前にはユニットバスがあるが、使われていない今はドアを開けたままだ。室内に人が潜んでいる気配はない。
「どいて」