翔平は頬杖をついたまま右手を動かして、防犯カメラに映っている男のレインブーツを拡大表示した。モニタを見つめる翔平の横で、凛子が同じようにモニタを覗き込んだ。翔平はレインブーツの底を凝視して、ふと手を止める。
「猫の足跡じゃないか?」
 翔平は凛子の方に顔を向けた。
「は?」
 凛子が翔平を見た。すぐ目の前に凛子の顔があり、翔平はその近さに一瞬気を取られたが、すぐに顔を正面に戻して答える。
「猫の足跡だよ。男はわざわざ猫を連れ去ってるだろ? ってことは、その猫にそこにいられたら困るってことだ。そして、猫がいたという痕跡が残っていても困る。だから、靴底で猫がつけた血の跡を消した」
「ふぅん」
 今度は凛子が、数分前の翔平と同じような声を発した。
「でも、被害者は猫を飼ってなかったのよ。じゃあ、この男の猫? 殺しの現場まで猫を連れていったの? そんなの考えられない。計画的な犯行をする人間が、飼い猫を連れてくるはずがない」
 自ら殺人事件の捜査だとバラしてしまい、凛子はキュッと唇を結んだ。その赤く形のいい唇を横目で見ながら、翔平は言う。
「今は梅雨のただ中とはいえ、昨日は予報通り曇りで雨は降っていない。レインコートとレインブーツという格好だったことからも、返り血を浴びないように備えた計画的な犯行だったんだろうな」
 凛子は小さく首を左右に振って、諦めたような口調になった。
「凶器は被害者宅にあった野球バットだったの。被害者は大の野球好きで、往年の名プレイヤーのグローブやバット、ユニフォームをコレクションしていた。そのうちの一本のバットが凶器として使われたんだけど、突発的な犯行とは思えないの。被害者の血と毛髪が付着していたバットには、真新しい革の手袋の跡だけが残っていたから」
「なるほど。手袋まで用意してたってことか。レインコートにレインブーツで来て、これから殺しをしようってやつが、わざわざ飼い猫を連れてくるはずがない。おまけに被害者の飼い猫でもない。だとしたら、たまたまそこに居合わせた、まったく関係のない猫ってことだな」
「目撃者ならぬ目撃猫ってこと?」
「その可能性はじゅうぶんにある」
 凛子は背筋を伸ばし、これ見よがしに大きなため息をついて首を左右に振った。
「名探偵気取りの元会社社長さん。猫に目撃されたって、犯人は痛くもかゆくもないわよ」