翔平はマウスを操り、映像をコマ送りにした。すると、体の陰になっていた男の右肘が徐々に後ろに移動し、男が黒っぽいものを抱えているのがわかった。細長い尻尾のようなものがだらんと垂れている。
「こいつ、猫を抱えて走ってるのか?」
 普段はのらりくらりの翔平も、予想外の光景を見て思わず声が大きくなった。
「なんで猫? 被害者は猫を飼ってなかったはずだけど」
 凛子は右手を右頬に当てた。そうして頬に白く残る長い傷跡を指でなぞる。無意識にそうしたのだろう。ハッとしたように手を下ろした。それを目の端で捉えつつ、翔平は言葉を発する。
「レインコートの腰の辺りがひどく汚れてる。これは……血痕だな。傷害? いや、血の量からして……殺人か?」
 凛子の眉間にしわが寄る。翔平の推察の通りであるのがおもしろくない、と言いたげな表情だ。そんな幼馴染みの顔に恭平は笑みを誘われそうになったが、表情を引き締めた。捜査一課の凛子たちが動いているということは、凶悪犯罪なのだ。
「この血痕のつき方からすると撲殺かな。むごいな。何度も殴ったんだろう。凶器は見つかったのか?」
 凛子の眉間のしわがますます深くなった。
「被害者はベッドかソファなどの高さのあるものに寝ていたか、最初の一撃で倒れ込んだところを、バットかゴルフクラブのような長さのあるもので頭部を殴打された、か」
 翔平はつぶやくように言って凛子をチラッと見た。凛子はため息をつく。
「さすがはミステリオタクね。閑古鳥が鳴く事務所で日がな一日、ミステリドラマを見まくっているだけのことはあるわね」
「俺が知識を仕入れているのは、ドラマからだけじゃない」
「わかってる。大学卒業後、民間の法科学鑑定機関で働いていたものね。それも長続きしなかったけど」
「あれは前時代的な鑑定装置に我慢ならなくて、自分で装置を作ろうと思ったんだよ」
「はいはい。それで鑑定装置を製造開発する会社を起業して売って、今のあなたがあるのよね」
 凛子は小さく肩をすくめて続ける。
「現場にね、変な痕跡が残ってたの」
「変なって?」
「血のついた靴底でこすったような跡。ほら、子どもの頃、学校のグラウンドや土の上で、指や石で落書きをしたのを靴底で消したことがあるでしょ? あんな感じの跡」
「ふぅん」