「せっかく起業して会社を急成長させたのに、なんでライバルに売却して探偵なんかになっちゃったのよ。あのまま社長を務めててもよかったのに」
「仕方ないだろ。株式上場したら、もうやる気出なくなったんだし。だから、俺より意欲も熱意もある人に会社を売ったんだ。その方が従業員だって安心安泰だろ。俺もこのマンションを丸ごと買えたし」
「あーあ。中学時代はサッカーの全国大会で優勝、高校時代は陸上短距離でインターハイ優勝、名門大学に入学して理工学部を首席で卒業。なんでもできてなにをやらせても超一流なのに、どうして長続きしないんだろうねぇ。極めたら飽きちゃうような男に二物も三物も与えるなんて、神さまはなんて不公平なの」
 翔平は凛子の不満の言葉を遮るように、もう一度あくびをした。
「んで、凛子こそ、なんでこんなところで油売ってんの?」
 凛子はハッとしたように目を見開く。
「そうだった。ついグータラな翔平を見て小言を言ってしまったけど、本当はちゃんと仕事で来てたんだった」
 凛子は小さく咳払いをして続ける。
「このマンションの防犯カメラを見せてほしいんだけど」
「事件絡み?」
 翔平はぼんやりした顔のまま凛子を見上げた。
「当たり前でしょ。そうじゃなきゃ、翔平のところなんて来ないわよ。エントランスに外に向いているカメラがあるでしょ。あれの今日の午前二時から三時頃の映像を見せてちょうだい」
「ひどい言われようだけど、捜査で必要なら、善良なる市民として協力しますよ」
 翔平は立ち上がって、事務所のキッチンに向かった。甘い顔立ちに引き締まった体躯をして、世間一般的にはイケメンに分類されてもおかしくない。しかし、服装には頓着しないし、無精ひげが伸び、よれたカジュアルシャツとチノパンでのっそり歩く今の姿を見れば、中学や高校で翔平に黄色い歓声を上げていたかつてのファンも、一気に熱が冷めてしまいそうだ。
 翔平は棚からマグカップを二個取り出し、インスタントコーヒーの粉を入れて、ポットから湯を注いだ。ブラックのままのコーヒーを持って、アームチェアに戻る。
「ほいよ」
 マグカップをひとつ凛子に渡した。
「ありがとう」