「今日はそれだけを言いに来たの?」
 翔平が上目遣いで見ると、凛子は視線を斜め上に向けた。
「い、一応、お礼に食事を奢ろうと思って来たの。でも、もう食事は済ませたのよね?」
 凛子はデスク上のカップラーメンの空容器とおにぎりのフィルムを見た。
「また偏った食事みたいだけど」
「これは小腹が空いたから食べただけだよ。それに、礼は飯じゃなくてデートがいいって言ったはずだ」
 翔平が拗ねたように見上げ、凛子は切れ長の目を吊り上げる。
「ディナーもデートみたいなものでしょ」
「ディナーは飯しか食わないだろ。デートにはそのあとしゃれたバーで酒を飲んだり、夜景を見たり……。凛子の部屋まで送っていくってのも含まれている。俺の部屋に来てくれてもいいけど」
 最後の言葉を聞いて、凛子は目を見開いた。
「い、居酒屋で食べて飲むの。そして、現地解散。それだけ」
「凛子」
 翔平は右手を伸ばして凛子の左腕を掴んだ。凛子が腕を引こうとするのを、ぐっと力を入れて阻む。
「翔平……?」
 凛子が戸惑った眼差しで翔平を見た。
 翔平はゴクリと喉を鳴らす。
 これまでずっと甘んじてきた幼馴染みという関係。それに終止符を打とうと口を開きかけたとき、凛子のスーツのポケットで振動音がした。翔平は一気に脱力し、凛子は翔平の手から腕を引き抜いて、ポケットからスマホを取り出した。
「はい、檜月」
 翔平から離れて電話に応じた凛子の横顔が、瞬時に引き締まる。どうやら事件らしい。
「わかりました。今から向かいます」
 通話を終えてスマホをポケットに戻し、凛子は翔平を見た。
「ごめん、行かなくちゃ」
「飯は?」
「また今度。っていうか、翔平はもう食べたんでしょ」
「そうじゃない。凛子の飯だよ。食う時間ないだろ?」
 翔平はデスクの上に残っていた梅と鮭のおにぎりを取り上げ、凛子にポイッと放った。
「あ、ありがと」
 凛子は受け取ってドアに向かったが、思い直したように立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「どうした?」
 翔平は首を傾げ、凛子ははにかんだ表情で口を開く。
「ありがとう」
「うん? 礼なら今さっき聞いたけど」
 凛子は一度目を動かしてから、翔平の顔を正面から見た。
「そうじゃなくて……この前言ってくれたこと」
「なにを言ったっけ?」
 凛子は頬を赤くして顔を横に向けた。