「ちょっと、翔平(しょうへい)ってば! ま~た真っ昼間からグーグー寝て!」
 張りのある女性の声とともにアームチェアを蹴飛ばされて、磯川(いそかわ)翔平は気怠そうに目を開けた。
「凛子(りんこ)」
 翔平はくせ毛の茶色の髪をくしゃくしゃと掻きながら、色素の薄い茶色の瞳で幼馴染み・檜月(ひづき)凛子の顔を見上げた。凛子はキリッとした奥二重の目を細めて翔平を見下ろし、肩までのストレートボブの黒髪がさらりと頬にかかる。黒のパンツスーツをビシッと着こなす一七〇センチのこの女性は、翔平と同い年の二十七歳。県警捜査一課の刑事で巡査部長である。
「起きてたよ。ほんの数分間、目を閉じていただけ」
 翔平は目をこすりながら言った。
「屁理屈ばっかり! そういうのを寝てたって言うのっ。それにまたカップラーメン食べてたのね! まったくなんて生活してんのよ、もう! そんなんじゃ体壊すわよっ」
 凛子にくどくどと言われ、翔平はあくびを噛み殺しながら、デスクの上に放りっぱなしになっていたカップラーメンの空容器を右手に持った。それを、狙いを定めてゴミ箱に投げ入れる。続いてノンアルコールビールの缶を、オーバーヘッドキックの要領で資源ゴミ入れに蹴り入れた。ガシャンと耳障りな金属音が響き、まだキックの精度が落ちていないことに満足げに頷いた。
「行儀悪すぎっ」
 凛子に頬をつままれ、翔平は「いたたた」と声を上げた。凛子が頬から手を放し、翔平は右手で頬を撫でながら、幼馴染みを見上げる。
「勤務時間中だろ? こんなところでなにやってんの?」
「翔平だって仕事中でしょ。寝てたみたいだけど」
「だから、目を閉じてただけだって。午前中、近所の女の子に頼まれてた迷い犬を探し回って、ヘトヘトなんだよ」
 翔平は今度は遠慮もせずに大きなあくびをした。
「ヘトヘトだから寝てたんでしょ。っていうか、その犬、見つかったの?」
「もちろん」
「で、ちゃんと報酬はもらったんでしょうね?」
「うん、それ」
 翔平は視線で、デスク上のペン立てに挿してあるペロペロキャンディを示した。ピンク色の渦巻き模様が描かれたロリポップを見て、凛子はため息をつき、南向きの大きな窓に顔を向けた。明るい午後の光が差し込むそのガラスには、〝磯川探偵事務所〟という白いカッティングシートの文字が並んでいる。